2014年09月15日

野球/カープ マイナスの刷り込み?

 福井が登板した、この前の試合に関する中国新聞朝刊の記事を読んでいると、何となく、書籍『TA 人生脚本を書き直す方法』(佐藤雅幸・著 KKベストセラーズ)の144〜146ページの内容を思い出してみたり。
 以下、一部を引用。

 精神的に弱いといったストロークを与えられ続けた結果、それがドライバーにまでなった選手は、試合になると、リラックスして臨んでいても、ある瞬間からスイッチが入って、自分の心の中にある「精神的に弱いバージョン」のテープが回り始める。そして、現実に精神的弱さを露呈してしまう。(146ページより)

 もちろん、外から見ているだけなので、実際のところは分からないのだが、何かの足しになれば、と。
posted by らぶらどーる at 17:35| 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月10日

野球 試合で力を出すために重要なことx2(中国新聞夕刊『エキストライニングズ』(松井秀喜))

 今日(2014/06/10)の中国新聞夕刊の松井秀喜による野球コラム『エキストライニングズ』の最後のほうに、試合で力を出すために必要な物として、<精神的な強さや考え方の柔軟性>が挙げられていた。

 <精神的な強さ>については誰もが思う(/頭に浮かぶ)ことだと思うのだけど、それに加えて<考え方の柔軟性>を挙げているところが、個人的には興味深かったのでした。

 たとえば、壁を破れないで勝負弱く、実力を発揮できないまま負けること多数な選手がいたとして、ひょっとしたら精神面での強さはもう足りているのだけど、考え方に柔軟性が無いために力を発揮できずにいる、なんて場合もあるかも知れない。
 言ってみれば、<剛は足りているのだけど、柔が足りなくて、力を発揮できない状態>とか。
 そういった場合には、<考え方の柔軟性>なんて形で<柔>を補うことができれば、剛柔相済となって、力を発揮できるようになるかも知れない、と。

 <剛>と<柔>の2つの要素に触れているところが、個人的には興味深かったのでした。
posted by らぶらどーる at 22:19| 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月19日

野球 最近、印象に残ったフレーズ/成長するには、させるには(中国新聞夕刊『エキストライニングズ』(松井秀喜))

 昨日(2013/11/18)の中国新聞夕刊2面の、(元プロ野球選手/元メジャーリーガー)松井秀喜氏によるコラム『エキストライニングズ』の内容が、個人的にかなりよかったと思うので、書いておく。

 日本プロ野球のドラフトを受けて、プロに入ってからの成長や、(コーチ側からの)成長のさせ方などについて書いてあり、私なりにまとめると、以下の通り。
 (もちろん、記事自体を読んでもらった方がよいことは、言うまでもない)。
 (以下、字に色が付いているところは引用部)。

【プロの壁に対して】
 乗り越える鍵は、恵まれた環境を無駄にしない感性

【個人指導を受ける際の注意点】
 (プロ入りすると、アマチュア時代より個人指導が増えるのだが、それを受ける際の注意点としては)まず言葉を発した人の意図と自分の受け止め方が必ずしも同じではないということを頭に入れた方がいい。言葉を漠然と受け入れるのではなく、自分で解釈して具体化しないとアドバイスは身にならない。

 (たとえば、タイミングの早さを指摘された時に、その早さや場所について) 指導者の感覚を自分に当てはめないと、意図は理解できない。

【教え上手とは】
教え上手な人は自分を選手に置き換えて見られる人だと思う。外から見た目でしか教えられないと「何で分からないんだ」となる。そこがコーチと選手との溝となる。

【結果的に、ためになりにくいこと】
指導者が圧倒的に強い立場にいて従うのが当たり前だと、どうしても意図は伝わりにくくなる。

 また、松井氏自身に関して言うと、1対1という形で、特別な個人指導を受けたのは、プロ入り後、当時の長嶋茂雄監督に指導されたのが初めて、とのこと。
 松井氏は、長嶋監督の意図や要望はすぐに理解できたそうで、

 それは長嶋監督が選手の視点を持っていたからだろう

 と。
 (ちなみに、要求された内容(/レベル)を全て達成できたかというと、そうではないとのこと)。

 あと、最後の文章に書いてある情景も、結構、いいと思うのだが、あまり引用してしまうのもよくないので。
posted by らぶらどーる at 04:19| 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

野球 押さえどころや見極めについて(2013日本シリーズ第7戦・田中将大リリーフ登板)

 まずは、
 楽天ゴールデンイーグルス、初の日本一、おめでとうございます。

 ということで(、でもないのだが)、2013日本シリーズ第7戦での田中将大投手のリリーフ登板の舞台裏について、個人的に印象に残ったところなど。
 (以下の事実関係の情報は、TV『 Going 』での、日本一決定後のKスタ特設会場からの中継によるインタビューから)。
 (< >内は大意です)。

 田中に関しては、闇雲に登板したわけでは無く、第7戦の当日に、本人なりに体調をチェックした結果、<第2戦で先発した時(の翌日)より、体がきつくなかった>ので、登板できると伝えた、とのこと。

 また、星野監督に関しても、何が何でも最後は田中で、と思っていたわけでは無く、<9回の時点で1点差(1−0)なら、則本の続投><3点差だったから、田中を行かせた>、と。
 で、不安だったのは<田中が打たれるかどうか>では無く、田中の肩の方が心配だった、とも。

 というわけで――

 まず、田中に関して言えば、<体調の見極め>が最初にあって、その上で、投げるかどうかの判断がある。当たり前だけれども、ここを外してはならない、とても重要なところ(押さえどころとも言えるのでは、と思う)。

 次に、星野監督に関しては、田中が行ける状態だといっても、160球投げた翌日で、<どの程度のところまでなら期待できるのか>という見極めがあって、その上で、登板させるかどうかや、登板のタイミングに関しての決断がある。これらもまた、当たり前なのだけれども、外してはならない重要なところ。

 ということで、押さえるべきところを押さえ、見極めるべきところを見極めた上での感動的なシーンだったのかな、と、個人的には思った次第。
posted by らぶらどーる at 20:08| 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月03日

野球/WBC 原点からの再スタート(日本対ブラジル戦)

 彼我のレベル差とか戦力とか、いろいろなことはあるけれど、要するに野球(の試合)というのは、

 <その一球を巡る攻防>

 だということなのだろう。
 なんて、昨夜の日本対ブラジル戦の勝ち越し打のあたりを生中継で見ていて、ふと、感じたのでした。
posted by らぶらどーる at 16:06| 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月27日

野球/WBC前哨戦関連 たとえば、こんな<今、出来る、最善のこと>

 WBC前哨戦で苦闘する全日本関連で何となく思い出したのが、プロテニスプレイヤー伊達公子に関するエピソード。

 伊達の名勝負のひとつに、デビスカップ・日本対ドイツ戦での、対シュテフィ・グラフ戦があるのだが。
 (以下、うろ覚え)。

 当時、グラフは世界ランキング1位。しかも、並の1位ではなく、グラフが負けたことのある相手は誰と誰と……、と数え上げられるほど、めったに負けない、まさに女王的存在だったのである。
 一方の伊達も、当時の日本のエースだったのだが、残念ながらこの試合、伊達は万全の状態では無かった。足の状態が悪く、満足にプレーできる状況では無かったのである。

 いざ試合が始まると、やはり、出来は歴然としており、第1セット中盤で早くもリードされてしまう。
 それは、体調の影響もあるが、メンタルの乱れも大きかった。
 世界女王との大舞台での一戦を、伊達も楽しみにしてきた。戦い方も色々と考えてきた。しかし、今日の状態では、まともな試合にはならない。あれだけ楽しみにしてきた戦いなのに、せっかくグラフと戦えるのに……。
 思いは千々(ちぢ)に乱れ、まともな戦いにはならなかったのである。

 しかし、ここで伊達の心のありようが変わった。

 今日は、もう、足の状態は、これ以上はよくならない。
 グラフ相手にやろうと思っていたような戦いは、今日は出来ない。
 なら、今の状態で出来る最高のプレーをしよう。

 切り替えた伊達の反撃が始まった。
 第1セット中盤から猛追し、ついには逆転で第1セットを取ってしまったのである。

 続く第2セットはあっさりと取り返されてしまったものの、勝負が決まる第3セットは、野球で言えば延長20回にもなろうかという激闘の末、伊達が勝利。世界女王相手に貴重な勝ち星を挙げ、日本対ドイツの国別対抗戦での日本の勝利に大きく貢献した。

 というわけで、自分の(これまでの)想いに引きずられず、今、この状況で出来る最善のことを目指すのも大切なのでは、といった話だったのでした。
posted by らぶらどーる at 19:29| 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月03日

野球 プロ野球放送のビジネスモデルとか

 産経新聞(のHP)の記事だったかに、野球のビジネスコンテンツが見えない、と書いてあったので、G+を例に、素人考えなどを。もちろん、それにかかる手間や困難さは関係者ではないので分からないから、あくまでも素人の発想。
 (CS等による有料放送を想定)。

【発想コンセプト】
・分かりやすくしよう。
・手間をなくそう。

【内容】
・巨人一軍全試合完全生中継(&複数回再放送)
・他は入れない
(※内容をシンプルにし、メリットを分かりやすく、明確にする)
(※全試合とは、

 オープン戦
 リーグ戦
 交流戦
 オールスター(一軍。フレッシュオールスターは入れない)
 クライマックスシリーズ
 日本シリーズ
 アジアシリーズ(なくても可?)
 (他になにかあったっけ? ……なんか、忘れている気が……)

 のことである。
 ただし、クライマックス等は、巨人が出場した場合のみ)
(※再放送の時間帯は、視聴者のライフスタイルに合わせた時間帯/曜日等を複数回設定すること)
(※オールスター前後の中断期間等は、<今期巨人ベストゲーム>みたいな感じで(視聴者からの(データ放送による)投票で決定もいいが、手間と比較してどうか)、好ゲーム数試合の再放送とかでいいかも)

【視聴料】
・シーズンチケットの導入
(※一括払いでシーズン全試合(上記)の視聴が可能となる。一括なので、できれば割引もほしい)

 他に、オリジナルグッズがどうとか考えられなくもないけれど、とりあえずは、こんなところ。
posted by らぶらどーる at 18:38| 広島 | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月03日

野球/カープ 2勝3敗がとまらない

 今日の中国新聞朝刊スポーツ欄の『球炎』(カープ関連のコラム)に、開幕からこれまでに果たして(戦力の改善・成長の結果としての)上積みはあったのか、という疑問が投げかけられていたけれど――

 個人的な考えでいえば、結論から言うと、上積みはないに等しいのでは、という気がする。
 いろいろ変化はある。けれど、勝率の向上に結びつくような変化ではない。

 今シーズン、カープはずっと2勝3敗ペースである(もちろん、多少の上下はあるが、最終的には2勝3敗ペースのラインに戻る)。
 ずっと同じペースで勝ち負けを続けているということは、勝ち負けに影響するような変化がなかったということだろうと思う。

 シーズン中にこのようなことを書くと選手の士気に影響するかもしれないが、チームの将来はもっと大事だと思うので、書かせてもらった。
posted by らぶらどーる at 15:40| 広島 | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月30日

野球/カープ 地元(広島)報道の不思議

 打たれたときは、投手のみを取り上げ、
 抑えたときは、投手と捕手を取り上げる。
 これでチームがよくなるとは思えない。

 昨夜の試合、青木(高)が満塁で阿部と対するところからTV中継を見たが、私の目にはリードの責任にしか見えない。

 リードする側が逃げと責任逃れに汲々(きゅうきゅう)としていれば、その通りに投げる投手の球が逃げの投球になるのは当たり前。

 「『その通り』って、外角低めのストライクを要求してるのに来ないじゃないか」、と言ったって、その要求が逃げから発しているものならば、投手が投げる球も逃げの球になる。
 リードのメッセージを忠実に反映しての投球内容だ。
posted by らぶらどーる at 08:20| 広島 | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月01日

野球 猛練習の死角

 猛練習によって選手を伸ばすという練習法をとる場合、はずしてはいけない点がある。
 それは、<選手の体力や耐久性を見極める>ということだ。
 これができていないと(あるいは、まったくしていないと)、猛練習によって選手は壊れ、故障者が続出することになる。

 猛練習で成果をあげるには、それに耐え得るだけの体力が必要だ。
 だから、体力や耐久性が足りない場合には、まず体力や耐久性を上げてから、猛練習に入るべきである。そのことが分かっていなかったり、見極めを誤ったり、あるいはそもそも見極めをしていないようでは、どうしようもない。
 また、その猛練習の内容が、実際に試合において効果が出るものであることも大事である。
 練習内容自体が的外れであったなら、試合に関係ない部分ばかりが伸びてしまう(あるいは、どの能力も、まったく伸びない)。これではせっかくの猛練習の意味はなくなる。

 「自分たちのときはもっときつかったけど(自分らは)壊れなかった。今の奴等がぬるいだけだ」
 なんていう人もいるが、これは見えていない人の典型的な意見である。
 単純に言って、どんなに頑丈な選手であっても、壊れるような練習をやらせれば、かならず壊れる。
 当時の自分たちが壊れなかったのは、やらせる側の見極めがしっかりしていて、本当に壊れるような練習はさせなかったからだ。そうでなければ、とっくに壊れている。
 ところがそれに気づかなかった人たちは、自分たちが壊れなかったのは、全部が全部、自分たちの実力だと思い込む。そして、自分たちはしてもらった、陰(かげ)の配慮をまったくしないまま、猛練習を課しては、選手をスクラップへと変えてしまう。
 自分が壊れなかったのは誰かのおかげだった、ということに気づかないのは、おろかである。

 また、そもそも、できる指導法が猛練習一個しかないというのも、これはこれで困りものである。
 まあ、これは別の話ではあるが――指導者というのは選手の能力を伸ばして初めて評価が得られる。選手がやわですぐ壊れるから結果が出ないのは当たり前、で済ませる人は、指導者としての自覚が足りない。
 というか、それで通るのであれば、相当にぬるい世界であろう。
posted by らぶらどーる at 18:56| 広島 | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする