2015年08月31日

CG blue-green

blue-green.png
blue-green by Raburadohl 922x688 retouched with Paint.NET


 色合いがいい感じかなと思ったので、載せてみました。
 (元は写真なので、 retouched と表記してあります)。
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2015年08月30日

TV TV雑感(『ヒルナンデス』x3)

・『ヒルナンデス』(2015/08/21放送分)
 <超限定マーケティング>が楽しい感じで、よかった。
 <3色コーデ>も、いい感じ。

・『ヒルナンデス』(2015/08/26放送分)
 <女だけで行っちゃうンデス!>のコーナー、前半のデカ盛り料理のところもよかったのだが、個人的に印象に残ったのは、何といっても後半のアパレル店での試着タイム。ハリセンボンの箕輪はるかのコーデも、あれはあれで、お笑いっぽさを残しつつ、ふざけ過ぎない感じでいい感じにまとまって(?)いたと思うのだが、もう一方の羽野晶紀による市川紗椰のコーデが、未来感バリバリで、そのまま漫画か何かに出て来そうで、しかも本人にも似合っているという。羽野晶紀いわく、「100年後に地球を救うかもしれないナウシカ」とのことだったのだが、それもある程度、うなずける。というか、(首回りの)甲冑的な感じに市川紗椰の目の感じが合うのね(ナレーションでも言ってたと思うけど)。

・『ヒルナンデス』(2015/08/27放送分)
 平愛梨の<タンスの肥やし復活コーデ>での、RIKACOとジュエリーデザイナーの青山エミリーによるコーデが、その過程も含めて、なかなかいい感じ(←過程)、かつ印象的(←出来上がったコーデ)だった。
 (↑平愛梨の「ハレンチ!」というのも感じが(本人のその瞬間の実感が)出ていて、(個人的には)いい感じ)。
 あと、最近、同コーナー(※木曜ヒルナンデスの後半のファッションコーナー)によく出ているスタイリストの倉岡晋也が、意外といろいろな人に柔軟に合わせられる感じ(やしろ優と組んだときには、やしろに要求された通り、いろいろモノマネを振ってみたり。最後に<疲れました>みたいなことを言ってはいたが)。
posted by らぶらどーる at 15:53| TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月29日

創作/掌編小説 救難信号

 彼は最近、ある曲に悩まされていた。
 ヒット曲ではあるものの、最初っからどこか調子っぱずれな感じのその曲は、とある別の曲からのもじりとして、彼の中ではすでに結論が出てしまった曲であった。
 にもかかわらず、最近、その曲が、ことあるごとに彼にすり寄って来ようとする。
 一体どういうことなのだろうと思いつつ、明確な解決策を見出せずに(みいだせずに)いる彼なのであった。

 が、ある日、ひょんなことから彼には答が分かったのだった。
 別の歌手の曲を何となく思い出していた時のこと、ふっとひらめいたのだ。
 この曲もまた、最近、悩まされている例の曲に、ほんのちょっとだけ形を変えて、流用されていることに。
 <元の曲は1曲だけでは無かったのか……>
 そう気付いた時、例の曲に最近つきまとわれていた理由も、彼には分かったような気がしたのだった。
 おそらくは、助けを求めていたのだろう。形を変えられて利用され、偽りの姿とされてしまったその曲が、誰か、私がこういう目にあっていることに気付いてくれ、と。

 そしてそのことに気付いた今、彼の務めは終わり、その曲は彼から離れて、二度とつきまとっては来ないはずであった。

     <了>

 (以下、2015/12/09追記。
 ちなみに、<歌手>ってなってるから<歌>だとすると、歌詞がそういうことになってるパターンとかも考えられるけれど、作中に両方入れてもややこしくなる(/特にこれといった効果も無く、ただ複雑になる)だけだから、(作中では)曲だけ、ということに)。
posted by らぶらどーる at 13:49| 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月28日

最近、印象に残ったフレーズ/最終的な結果を決めるのは(書籍『オディッセアス・エリティス詩集』)

 一個前の記事でも触れた書籍『オディッセアス・エリティス詩集』に、ちょっと印象的なフレーズがあったので、書いておく。

 同書巻末の<付録>の<ストックホルム アカデミー講演>(※エリティスがノーベル賞を受賞した際の記念講演)の最後の部分で、詩(や芸術)というものは、めぐりめぐって物質界に働きかけるかも知れないといった流れから、

 それには、自分の夢を韻文で綴るだけでは足りません。全然足りません。政治論をするだけでは足りません。全然足りません。ほんとうのところ、物質界とは物の集まりにすぎません。最終的な結果を決めるのは、おのれが良き建築家なのか悪しき建築家なのかです。私たちが天国あるいは地獄を築くことになるのです。もしも「詩」が――とりわけ乏しき時代にあって――確信を持って告げていることがあるとすれば、それは私たちの運命は私たち自身が握っている、このことにちがいありません。(275〜276ページ)

 エリティスは他のところでも詩(の形式)を建築にたとえているところがあるので、元々、そういった考えの持ち主だったのかも知れないが、人間ひとりひとりを建築家に例え、その建築の結果、天国あるいは地獄が築かれるといった発想が、少し、面白いなと感じたのでした。
posted by らぶらどーる at 20:41| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最近、印象に残ったフレーズ/詩作におけるインスピレーションについて(書籍『オディッセアス・エリティス詩集』)

 一個前の記事でも触れた書籍『オディッセアス・エリティス詩集』に、(エリティスが)詩作におけるインスピレーションについて触れているところがあって、印象的だったので、書いておく。

 詩では無く、巻末の<付録>の<自らを語る>の中の一節で、印象に残った部分は以下の通り。

 神からの物と思われる天与なるものはもちろん存在する。つまり、啓示の閃光からのものを含んだ一行、あるいは三、四行が我が物になったと感じられるのだ。こうした詩行は、頭のなかで考えている詩全体のある箇所に入れるべきとすぐに感じる。冒頭に適していることも、真ん中に当たることも、末尾に来ることもある。そういうことを直感する人がいるのだ。彼らには、こうした詩行が永年駆り立ててきたであろう叙情詩のアイデアに少しずつ貢献していくことがわかるだろう。
 かつては、これと反対のことがおこった。つまり詩行がそれまでなかった詩篇のアイデアを生み、残りの部分も引きずられてできるような気がした。
(262〜263ページ)

 インスピレーションを受ける当人にとっての感覚が素直に書かれているように感じられて印象的だったのと、あと、そのインスピレーションというものが、<長年温めて、コツコツ作ってきた(製作途中の)作品の一部としてぴったりと当てはまる>という形をとることもあれば、<それ自体がひとつの作品世界のようなものを含んでいて、その結果、インスピレーションによる部分以外のところも、自然と(といったらアレだが)形作られていく>ような場合もある、ということに触れているのも、印象的だった。
posted by らぶらどーる at 20:08| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最近、印象に残ったフレーズ/(詩作に関連した)技法について(『オディッセアス・エリティス詩集』の<解説>より)

 オディッセアス・エリティスというのは20世紀初頭に生を受けたギリシアの詩人だそうなのだが、彼の詩を集めた書籍/詩集『オディッセアス・エリティス詩集』(東 千尋・編訳 土曜美術社出版販売(※という社名))の巻末の解説の『オディッセアス・エリティス ――ローエス・みう・いたよう・しふ――』(ヨルゴス・サヴィディス:著)に、技法に関するエリティスの言葉が引用されていて、少し印象的だったので、書いておく。

 ある時、エリティスは、それまでに彼が書いてきた詩とはちがうタイプの詩に取り組む必要性が生まれたのだが、

(前略)より複雑にして総体的主題に、彼は新たな比例構造と修辞が必要となったと速やかに悟った。あるいは、エリティス自身の言葉を用いるなら、「技法は、それ自身も内容の一部となるような高い水準を真に目指すようでなければ全く無意味だ。そしてまさしくこれゆえに、今までの方法ではなく、自分で編み出した技法でなければならない」。(300ページ)

 最初の文章は、<それまで彼が取り組んできたものよりも、さらに複雑でいろいろなものを含んだテーマを詩で取り扱うためには、彼がそれまでに使っていたのとはちがう、新たな技法が必要になった>というようなこと(+そのこと(=新しい技法が必要なのだということ)に彼はすぐに気が付いた、みたいな)。

 個人的に印象に残ったのは後半のエリティス自身の言葉だが、下手に解説を加えると話がずれていってしまいそうなので、各自で解釈していただければ、と。
posted by らぶらどーる at 19:46| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

当ブログの記事の転載について

【基本姿勢】
・基本的には許可しておりません。
(これまで(2015/08/27現在)に許可したこともありませんし、(今のところ)、今後ともその予定はありません)。

【許可の有無の見分け方】
1.転載を許可した場合には、当ブログの記事にて、その旨を掲載します。
 また、その際には、表示専用のカテゴリ(例:<転載を許可した記事について>)を新規に作成し、転載の許可に関する記事はそちらに分類する予定です。
 なお、転載許可表示用の記事には、[許可の日付/転載先/許可した範囲/許可した相手]等について明記する予定です。

→許可の有無を確認するには、<転載許可した記事の表示専用のカテゴリが新設されているかどうか>を、まずご確認ください。
 次に、カテゴリ内の記事をご確認いただくか、ブログ内検索を活用して、<該当の転載を許可する記事があるかどうか>、ご確認ください。
 専用カテゴリや転載許可の記事が無い場合には、無許可の転載とお考えください。

2.転載を許可した場合には、1にありました[許可の日付/転載先/許可した範囲/許可した相手]等と同じ内容を転載先に明記することを条件とする予定です。

→そのような記載が無い場合には、無許可の転載とお考えください。
 また、あった場合には、1の要領で真正のものなのかどうか、ご確認ください。

【後記】
 なんだか堅苦しくなりましたし、正直、その必要もあるのかなと思うのですが、一個前の記事に書きましたように、ホガース関連で著作権に関する法律が出来たころの話を読みましたので、念のため、書いておこうかと。

【追記・コンタクトのとり方について】(2015/09/14追記)
 コンタクトのとり方については、こちら記事の1番下をご確認ください。
posted by らぶらどーる at 07:47| 当ブログの記事の転載について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍『風刺画で読む十八世紀イギリス ホガースとその時代』を、ちょっと読み

 書籍『風刺画で読む十八世紀イギリス ホガースとその時代』(小林章夫・斎藤貴子:著 朝日新聞出版)を少しだけ読んだので、(読んだ範囲での)感想など。

 ホガースは18世紀のイギリスの画家で、主に、版画による風刺画で有名。
 また、自作のコピー商品が出回るのを防ぐため、通称『ホガース法』と呼ばれる、現在の著作権法のもとになった法律の制定に尽力したことでも知られている。
 (※以上、同書からの情報)。

 印象に残った個所としては、<版画著作権法制定のくだり>(233〜234ページ)と、<当時のイギリス実業界の大物であるトマス・コーラムに触れたところ>(247〜252ページ)(209〜211ページ)。
 ちなみに、ホガースはトマス・コーラムの肖像画を描いたことがあり、その流れからの話でもある。

 で、<版画著作権法>に関しては、成立する前後での状況やその中でのホガースの意図、戦略などが印象に残った。
 (戦略といったのは、同法の法令化を待ってから、自作の版画シリーズを出版したことで、同書の言葉を借りれば、

(前略)なかなか周到であると同時に、創作する人間が自分で自分の権利をどう守ればいいのか、わが身をもって示したともいえる行為である。(234ページ)

 というところ)。

 一方のトマス・コーラムに関しては、まず本人の生い立ちというか、ありようが印象に残ったのと同時に、そんな彼だからこそ、街角にあふれる捨て子たちのための育児院の開設に尽力したというところ。

 生い立ちというのは、船乗りの息子として生まれたのち、アメリカへ行き、造船業で財を成して一代で成功者となったということ。そのため、貴族等のような上流階級の出身でも無いのに、

 (前略)国家の植民政策まで左右するほど大きな社会的影響力を行使するようになった(後略)(248ページ)

 という。
 で、当時のイギリスは、すでに右肩上がりの隆盛期であり、しかも、このあと、産業革命によってさらに国力が増していくこととなるのだが、

(前略)しかし産業革命による社会の一大転換期を待つまでもなく、イギリスという急速な右肩上がりの国家が今後抱えうる深い闇は、コーラムやホガースのように、世間の底辺近くから這い上がってきた者の目には、すでにはっきりと見えていた。(248ページ)

 とのこと。当時のロンドンの路上には捨て子や孤児があふれ、中には路上でそのまま死んでしまう者もいるような状態だったらしい(210ページの内容より)。
 そして、

 そんな子どもたちを誰もが見て見ぬふりで、どこか狂い始めた世の中に誰も何も言えないままで、ひたすら拡大し続ける首都ロンドンは、こと貧者と弱者に対してどこまでも無情で無責任だった。(249ページ)

 といった状況の中で、おのれひとりの栄華に浸ることなく、育児院の開設のために行動したというところが、なんだか印象的だったのでした。

 その他、当時の社会状況やら何やらと、いろいろ興味深いところもあったのだが、断片的に列挙するだけになってしまうので、ここでは割愛。
posted by らぶらどーる at 03:59| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月26日

映画 『僕の村は戦場だった』簡易感想

 (アンドレイ・タルコフスキー:監督 コーリヤ・ブルリヤーエフ:主演)

 DVDレンタルにて、視聴。
 第2次世界大戦当時のソ連(?)を舞台とした白黒の戦争映画。
 戦争映画だが、人体が無惨に飛び散る等のシーンは無いので、そういった場面が苦手な人にもよいかも。
 また、ジャケットのイメージだと、非常に淡々としたイメージ的な作品を想像する向きもあるかも知れないが、確かに静かな作品ではあるものの、イメージ一辺倒といった作品では無いので、もし、それを懸念して見るのをためらっているのであれば、ある程度は杞憂に終わるのではないかと。
 (以下、ネタバレあり)。

【感想】
 多少、話が見えなくなる部分もあるのだが、(というか、何でこのシーンを延々と見せられているんだろう、という)、全体的には独特のトーンやタッチもあり、非常に印象に残る映画ではないかと。
 少し、展開が飛ぶところがあるので、当時のニュース映像とか人名とかを知っていて、<ああ、この手の場面が映っているっていうことは、あれがああなって、そうなったあとなのね(で、場所はソ連では無くてここに移ってるのね)>と分かる人にはいいのだが、そうで無い人だと一瞬、話について行きづらいところがあるかも知れない。
 作品を見た、という手応えが残る映画でもある。

【その他、脇道感想】
 主人公の少年が、キャラクターやルックス的に、意外と今のアニメ・漫画(・ゲーム)好きの女性にも合うかも、なんて思ってみたり。
posted by らぶらどーる at 00:36| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

デジカメ写真/retouched sky(after typhoon)(yellow)

sky-after-typhoon-yellow.png
sky(after typhoon)(yellow) by Raburadohl 688x922 retouched with Paint.NET


 タイトルに特に深い意味は無く、識別用です(ほかの画像と混同しないよう、見分けるために付けた便宜的な名前だということ)。
 typhoon とは<台風>のことですが、見ての通り、画像にはあまり<台風感(というと言葉が変で、台風っぽさというか、台風を感じさせるもの)>がありません。
 まあ、そこはタイトルにもあるように<(台風後の)空>ということなのですが……。
 いろいろいじっているうちに、全体の色合いが何となく気に入ったので、載せてみました。

・撮影:2015/08
・カメラ:富士フィルム FinePix JX660
・撮影場所:広島市(Hiroshima City)
posted by らぶらどーる at 20:01| Photo/CG(写真/お絵描き/CG) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする