2014年09月30日

創作/お話 創作する魂

 昔々。
 この地球はまだまだ殺風景で、形も、有って無いようなものでした。
 そんなところへどこからか、創作する魂たちがやってきたのです。
 魂たちは思い思いにさまざまなものを形作り、この地球の事物に彩りを添えていきました。
 今、魂たちの所在を知ることはできませんが、彼らの遺したものは、雪の結晶などの形で今も私たちは目にすることができます。
 もし。もしも遠い将来、宇宙のどこかで、地球のそれとはちがった、でもどこか懐かしい、とても美しいものを見かけたとしたら、それは彼らの新たなる作品なのかも知れません。

     <了>
posted by らぶらどーる at 22:16| 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍 『絵本作家のアトリエ 2』

 (福音館書店 母の友編集部・著 福音館書店・刊)

 2014/09/08などの当ブログの記事でも触れた書籍『絵本作家のアトリエ 1』の次の巻。
 絵本作家の個人史や創作への思いなどを中心に取り上げている。
 この『2』に登場する絵本作家は、長新太/堀内誠一/中谷千代子/中川宗弥/マーシャ・ブラウン/薮内正幸/なかのひろたか/梶山俊夫/得田之久/秋野亥左牟/安野光雅/せなけいこ、の12名。
 『1』とちがい、対談は付いていない。以下、ネタバレあり。

 記事によっては薄い感じがするものもあるが、全体的には充実した内容。
 各絵本作家によって人生も創作への考え方もいろいろなので、興味深く読むことができる(一面的で無い、ということ)。
 創作的なことに触れたい人にいいのでは?
posted by らぶらどーる at 16:07| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月29日

<光の文学>者から見た、暗黒と光(カロッサ)

 岩波文庫の書籍『指導と信従』(カロッサ:著)巻末の「カロッサの『指導と信従』について」(国松孝二・著)の中に印象的な個所があったので、書いておく。

 ハンス・カロッサはドイツの作家で、彼の文学は光の文学とも呼ばれているらしい。
 カロッサ自身、

 「己れの道を示すことによって、ほかの人たちの道に光を投げ与える、これがつまり私の念願であった」(238ページ)

 と語っていたとのこと。
 で、印象に残ったのは、以下の部分。

 カロッサ自身、パッサウの町に開業してからしばらくして、アルフレート・クービーンを近郊に訪れたとき、この「冥府の司祭」、夜の恐怖の画家のうちに己れの対蹠者を認め、「暗黒の道は常にほどなく歩みつくされてしまうが、光の神秘は測れども測りつくせない」として、天性光を信じ光を求めてやまない、昼と愛の作家としての自己をたしかめ肯定している。(238ページ)

 私はここに出てくる両者の作品をどちらも確認していないので確かなことは言えないのだが、――『指導と信従』は、どちらかというと自伝的な作品――近年のフィクションの世界では、どちらかというと闇の方を優位として捉える傾向が多いように思うので、それとはちがうスタンスの見方として、印象に残ったのでした。

 ちなみに、同じく同書巻末の「ハンス・カロッサ」(手塚冨雄・著)によると、

 カロッサはじゅうぶんに敬虔な心を持った人であるが、もし彼の信仰というべきものの対象を取り立てていうならば、それは人間性の中に消えがたくひそんでいる「光」とでもいうべきものであって、それは時空を越えて万人に訴えることのできるものである。しかも彼は、安易にこの光への信仰を説くのではない。人間の苦悩と時代の暗黒とは、彼が身をもって味わったことであり、その中から、動かしがたいものとしてそれをいうところに彼の言葉の力があるのである。(243ページ)

 とのこと(ちなみに、自身、医者でもあったカロッサは、第一次世界大戦で軍医として前線勤務に従事)。

 なお、『指導と信従』については、気になった部分を拾い読みした程度なので、あまりはっきりしたことは言えないのだが、ちょっと痛い子供であった少年時代から始まって、著名な詩人であるリルケなどとの交流、さらには第一次世界大戦がらみの己の経験などがつづられており、いわゆる大作家などからくらべると、多少、甘いところがあるかなとは思うのだけれど、その素直さから、自らが感じたリルケなどのさまを率直に描写しているのは好感が持てる。
 (『指導と信従』とは厳めしい(いかめしい)タイトルだが、国松孝二氏によると、(元々は)『わが師わが友』みたいなニュアンスらしい)。
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芸術系の若者が生意気なことを言って、逆に気に入られちゃうパターン(書籍『絵本作家のアトリエ 2』)

 一個前の記事でも触れた書籍『絵本作家のアトリエ 2』に、(ほかにも)印象的な個所があったので書いておく。

 絵本作家の梶山俊夫さんに関する記事のところで、この梶山さんというのは、武蔵野美術大学中退後、日本大学芸術学部に入学、在学中に登竜門として著名なコンクールに2回連続入選→奨励賞→特選に選ばれ、学生のまま、あの博報堂の嘱託となることに。さらには個展の開催などもあって、学生でありながら、ほとんど大学へは通えない状態。そんな中、当時、博報堂の常務だった斎藤太郎氏に、そろそろ大学はやめて、博報堂の正社員になったら、と誘われたのだが――

 (前略)そのとき、今から思えばよくあんなこと言ったなと思うんだけど、『いや、ぼくは嘱託で結構です』って断っちゃったの。一生絵描きで通したい。絵描きで通すというのは、肩書のない人生を進むということだ。社員になると当然肩書がついてしまうからって。その斎藤さんが、ぼくの言葉を聞いた途端、にっこり笑ったんだよ。ゆっくりうなずいてくれた。気に入られちゃったんだね。それで前よりも待遇がよくなっちゃってさ(笑)」(99〜100ページ)

 ある(架空の)音楽家の生涯を描いたロマン・ロランの書籍/文学『ジャン・クリストフ』を例に出すまでも無く、芸術系の若者はときに生意気な発言をしたりして年長者やいわゆるお偉いさんからにらまれたりすることがあるものだと思うのだけど、逆に理解者を得たり、気に入られたりすることもあるのかなというのが、ちょっと印象的だったのでした。
 (上記の斎藤氏は、梶山さんのフランス留学の際に仕事をくれて生活の足しにしてくれるなど、気にかけてくれた模様)。
posted by らぶらどーる at 02:44| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アート/絵本作家 動物の色についての薮内正幸の姿勢(書籍『絵本作家のアトリエ 2』)

 書籍『絵本作家のアトリエ 2』(福音館書店)は、絵本作家の個人史や思いを中心としたインタビュー集なのだが、(リアルな)動物画を中心に活躍した薮内正幸さんに関する記事で印象的な部分があったので、書いておく。
 (TVアニメ『ガンバの冒険』の原作である児童文学『冒険者たち』の挿絵も薮内さんだそうな)。

「スズメを例にとってみても、肉眼でみたとき、双眼鏡でみたとき、またそのときどきの光線の具合で、色はそれぞれちがってみえる。(中略)そうなればもう……決断しかない。ウン、俺のスズメはこうだ! という決断。相手を数多くみていればいるほど、その決断は早くなる、というわけだ。」(78〜79ページ)

 色、と言っても色合いのことだとは思うのだが、薮内さんは実際に取材に行ったりして、動物や鳥をきちんと観察して描く人だったらしく。
 そうなると、○○という動物は△色ということになっているから――ではなく、自分が見たあの色の(中の)どれを(その生き物の色として)描こう(えがこう)、ということになってくる。
 そうなるのも、実際に現物を観察していればこそなのだが、色合いがちがう理由(光の強さとか傾きとか、見る時に使った手段とか)が分かったとしても、それだけでは(なかなか)どれを選ぶ、という決め手にはなりにくい。
 で、そこで決断の際に重要となってくるのが、実際にどれくらい見ているか(見てきたか)ということで、それによって決断までの時間(ひょっとして、質も?)が変わってくる、と。

 実際にいろいろ(数多く)見ているからこそ、色の選択に迷うし、でも、実際に数多く見ているからこそ、決断が早くなる、というのが、より質の高いもの、深いものの創造へとつながる道(の一端)のようにも思えて、なんだか印象的だったのでした。
posted by らぶらどーる at 00:24| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月28日

創作/詩 ふわっ

 洗面所
 ハンドソープで
 手を洗う。
 ぽわんと一個
 しゃぼんがふわり。

     <了>
posted by らぶらどーる at 16:34| 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日常/デジカメ 花の色の描き方について、なんとなく

 西洋の絵の描き方で、緑とかを背景にした、少し遠めの(?)花を描く時に、あまり細かく描かず、色の小さなかたまりみたいな感じにする、という描き方があると思うのだけど、デジカメ片手にスナップ写真など撮っていると、(見かけた)オレンジや黄色の鮮やかな花の色が印象に残って、(それを写真に)撮りたいと思っても、いざ撮ってみると、その時に感じた<色としての鮮烈な印象>は写真の上には残っていないことも多くて――ま、撮り方の問題とかもあろうけれども――<色としての印象>を絵に残そうと思ったら、ああいう描き方になったのかな、等と、素人ながらに、思ってみたり。

 (というか、花の名前が分からなくて、自分で調べようと思ったら、その花の形や構造自体をくわしく認識していないと出来ないのね……だから、観察眼は(昔の?)研究者にとっては必須なのね(たぶん)、なんてことを、こちらも今さらながらに感じてみたり)。
posted by らぶらどーる at 16:11| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

WCCF/LM 新チーム開始(イングランド・チーム)

 今市チーム立ち上げと同時期か、ちょっとあとくらいかに、レアル・マドリード系チームを完全新規で立ち上げてみたのだが、どうも、もうひとつ意欲がわかず、わずか3試合でそのままに、というのがあった(当然(?)、当ブログにも書いていない)。

 で、ALLイングランド・チームを組んでみたのだが、どれかのデータを継承するのも何となく気が乗らないので、そのレアル・マドリード系チームを全入れ替えして、やってみることに。以後、イングランド・チームと呼称。

【フォーメーション等】
 このチームとして、4試合終わった時点でのフォーメーション等は、以下の通り。

4−2−2−2 左右+中央突破 プレス:通常時、非点灯
主戦:コンビネーションプレイ(As.コール)/個人守備重視(ケイヒル)/オーバーラップ(リチャーズ)

GK: ジョー・ハート11-12
DF: アシュリー・コール12-13 / ガリー・ケイヒル11-12 /リオ・ファーディナンド11-12 / マイカ・リチャーズ11-12
DH: ガレス・バリー12-13 / マイケル・キャリック12-13
SH: アダム・ジョンソン11-12 / ジェイムズ・ミルナー11-12
FW: ウェイン・ルーニー11-12 / ダニエル・スターリッジ10-11・雑誌付録

控え: フィル・ジョーンズ11-12 / クリス・スモーリング11-12 / トム・クレバリー11-12 / アシュリー・ヤング11-12 / ダニー・ウェルベック12-13

 というわけで、主に11-12以降のイングランド人選手で構成。

 RL3スタートだったので、試合のほうは問題無く4連勝(得点15/失点0)。

 チームグラフが、過去3試合の影響なのか、<支配>だけがやたらと伸びていたので、As.コールの<コンビネーションプレイ>で始めてみると、1試合目からいい具合にパスが回り、攻めがつながったので、そのまま主戦で行くことに(手詰まりになったら、キャリックの<逆サイドアタック>とか)。スターリッジの<ムービングパスワーク>も悪くない。

 守備は、やや、不安があり、ケイヒルがよく相手のマークを離してしまうのと、リチャーズが、けっこう、抜かれることが多く、レベルの高い相手だと、やられる可能性、大のような。

 引きは、白黒のみの全ダブりでした。

 というわけで、RL3スタートにしては強すぎたかな、と思わないことも無い、イングランド・チームだったのでした。
posted by らぶらどーる at 15:56| WCCF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サッカー いろいろと楽しくTV観戦

 放送によっては(相変わらず)画面内表示で(隠されてしまって)ボールが現在どうなっているのかさっぱり分からないことがあるのは困りものだが、最近、サッカーの試合をいくつかTV観戦したので簡単な感想など。

【アジア大会・男子・日本代表】
 いちおう全試合見ているが、パレスチナ戦あたりで試合になってきた印象。

【アジア大会・女子・日本代表(なでしこジャパン)】
 地上波で見れる範囲で、全試合、視聴。
 たまに川澄のクロスで、おおっ、というのがある(いい意味で)。
 あと、香港戦の岩清水のロングシュートによるゴールは(シュート)意識の面で、なかなか、よかったのでは、と。

【本田出場のACミランの試合】
 セリエAのパルマ戦とエンポリ戦を見たが、どちらも試合自体も、けっこう、面白く見ることができた。

【ブンデスリーガの香川とか岡崎とか】
 香川のブンデスリーガ復帰戦や、丸岡も出場した<シンジ対決>など見たが、いい感じでプレイしているような。

【リバプール対アストンビラ】
 ブラウンとか出てて(久しぶりに見て)、おお、懐かしいな、と。

【『Going!』】
 あと、(最近?)、TV『Going!』の都並による解説が、分かりやすいし、面白いな、と(サッカーにあまりくわしくない人にもオススメ)。
posted by らぶらどーる at 02:58| サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月27日

片言 悪循環

 この人たちには(とても)力は貸せないな、
 と、心ある人(たち)は手を引き、
 (だって頼るのは)この人たちしかいないじゃないか、と、
 分からない人たちはすがりつき、たてまつる。
posted by らぶらどーる at 17:10| 片言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする