2011年11月30日

創作/詩 季節と自分 ニ態

 季節は壁の絵のように、自分から離れたところにあって、いつの間にか、架け替えられていく。
 本当は自分も、同じ時を刻んでいるはずなのに。

 自分は季節の中にいて、季節とともに、姿を変えていく。季節と同じように、気づかぬうちに。

     <了>

 (季節と人との関わり方に、2通り(ふたとおり)あるな、と思って、書いてみました)。
posted by らぶらどーる at 21:51| 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

色を食べる

 最近、ある色の車ばかり、目に飛び込んでくるのだが、これはひょっとしたら、知らないところで体なりがその色を欲しているのかもしれないなあ、と。で、(もしも)それを具体的に実行したら、<色を食べる>という表現がぴったり来るのではないか、なんて考えたのでした。
posted by らぶらどーる at 15:45| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

<時間の貴重さ>に対する感じ方

 同じ、<時間の貴重さに関する表現>でも、" Time is money. "(『時は金なり』)と表現した人と、" Time flies. "(fly=飛ぶ。日本語では、『光陰(こういん)矢のごとし』)と表現した人とでは、だいぶ、感じ方がちがっていたのだろうな、と思う。
posted by らぶらどーる at 17:08| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

ハートが無い人

 セキュリティの担当者だったのに、何かトラブルが発生すると、自分の責任逃れしか考えない人とか。
 そういう人はセキュリティに対するハートが無い人なので、そもそもそういう職務・地位につけていた(任じていた)こと自体が間違い。
 で、そういう人だと発覚したあとも、相も変わらず同じ職務・地位につけているのでは(居させ続けているのでは)、本当に、どうしようもない。
posted by らぶらどーる at 22:05| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

創作/歌詞 世界の果て

 『ここが世界の果てだよ』と 誰かが言ったら 信じるのかい?
 『ここが世界の果てだよ』と 言われたまま 引き返すのか?

 世界中のあちこちに <世界の果て>の札(ふだ)はある
 それは立派な目印と 思うのも、よし でも……

 『ここが世界の果てだよ』と 誰かが言うけど
 それはそのときそうかもしれない でも…… でも……

 『ここが未来の果てだよ』と そんな言葉なら分かるのに
 『ここが世界の果てだよ』と 言われたら なぜ、信じ込むのか

     <了>

 (これまた、例によって例のごとく、なんとなく浮かんだので書いてみたフレーズ)。
 (なのであんまり<人生の真実>とかとは関係がありそうにありません)。
 (フォーク調みたいな(?)のんびりした、ほんわか系の曲のイメージで、なんて)。
 (タイトルは『未来の果て』のほうがいいかな?)。
posted by らぶらどーる at 23:56| 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

書籍/漫画 震災7日間

 (槻月沙江・著 プレビジョン・刊)

 仙台在住の漫画家・槻月沙江(きづきさえ)が、東日本大震災当日から7日間の出来事を描いた(えがいた)もの(正確には、8日目になって、実家への帰省を決意)。
 内容としては、震災後、pixiv(インターネット上に漫画/イラスト/小説を投稿し、掲載して、読者に閲覧してもらうことができるサイト)に鉛筆書きのラフ画の状態でアップ(=掲載)されたものに、後日、ペン入れをした完成版(表題作)に加え、震災後の日々を描いた(かいた)『実家は通常運転』と『震災一ヶ月』、さらには作者自身の半生を描いた(えがいた)『一進一退まんが道』も収録。以下ネタバレあり。ちなみにpixivにアップされたものは、未見。

 結論から言うと、表題作は、個人的にはすごく伝わるという感じではなく。
 というのも、これは読んでいて個人的に思ったことで、本当にそうだったのかは分からないのだが、どうも、この表題作、大きなショックを受けたあとなどによくある、<ショックをダイレクトに受け止められないで、無意識のうちに回避している状態>のなかで描かれた(かかれた)ような感じがして。なので、どうも、実態というか、実際の感触が、ビビッドに(=鮮烈に)伝わってこない印象がある。ただ、逆に言えば、震災直後のリアルな精神状態を反映していると、言えないこともなく、私はそういう風な受け取り方で読ませてもらった。

 『実家は通常運転』に関しては、まず、漫画自体に関して言うと、いいところとそうでもない(=あまり印象に残らない)ところが半々くらい。
 前半の、48〜51ページあたりは実感とか、その場に居合わせなかった人間(=読者である私)から見ての発見とかがあって、わるくない。
 後半は、やや総花的で、ばらけた印象がある。
 あと、ひとつ、どうしても言っておきたいのは、この『実家は通常運転』が、『一進一退まんが道』の1と2の間にはさまっているという構成が、読みにくく、また、探しにくいこと、この上ない。分けた方が読みやすく、また、再読するときにも見つけやすくてよかったのではないかと思う。

 『震災一ヶ月』に関しては、震災後、実家に帰ったはずなのに、いつの間にか仙台に戻ったところから話が始まっていて、最初、戸惑いながら読んでいたので、もうひとつ、配慮がほしかったところ。
 内容に関しては、一ヵ月後の余震で精神的にショックを受けたが……、という内容で、個人的には、ああ、やっぱり現地の人にはショックだったのね、といった感じ。
 漫画としては、ちょっとシビアな言い方をさせてもらうと、当たりが少し浅いというか、本当の意味での結論にはまだ立ち至っていないのに、結論としてまとめてしまっているというか(そう思いたい/たかった、というのなら、それはそれで、仕方がないが)。

 これは作者にとって本意なのかどうか分からないのだが、どちらかというと、『一進一退まんが道』の方が、生き生きとしていたり、実体験による実感があふれていたり、体験者によるぷち知識・ぷちアドバイスがあったりと、興味深く読むことができた。
posted by らぶらどーる at 17:06| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

創作/歌詞 未来道(みらいどう)

 『それは夢』と誰が言った 俺じゃない
 『それは夢』と誰が言った 俺じゃない

 未来へと続く道は そこにある
 けれど誰も それを見ようと しないのさ

 『それは夢』と誰が言った 俺じゃない
 『それは夢』と誰が言った 君じゃない

 未来へと続く道は 果てしなく
 けれどきっと それは確かに そこにある

     <了>

 (あんまり、<歌詞>って感じでもないですが……。
 とりあえず、最初の2行が浮かんできたので、あとを埋める感じで続けてみました。
 昭和の特撮ヒーロー物の主題歌みたいなノリですかね……?)。
 (<人生の真実>とかいうよりは、<根拠のない(?)熱さ>みたいな)。
posted by らぶらどーる at 02:42| 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月24日

調整型のリーダー、と言っても……

 調整型のリーダーと言っても、才能がない人だと、大局を見ずに、ただグループ内の状態を維持することしか考えないから困りものである。
 (要は、外部との関係によって内部の状態が変化してしまうと、その中での調整をする自信がないというか、そういうイメージ自体、わかないのだろう。で、どうするかというと、外部から口出しされないように、いろいろ手を回しておくというか打っておくというか。で、そうなると、もう既に変化すべき状態になったものが、そのまま長いこと温存されてしまうから、全体にとっては非常に困ったことになるのだが、なにせ当の本人たちは、見える範囲(/距離)が非常に短いものだから(=グループ内のことと、グループのすぐ外の、グループ内の状態に変化を及ぼしかねないもの、くらいしか見えない)、別にそれでいいやというか、好都合、と思っているということなのかなあ、と)。
posted by らぶらどーる at 23:54| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

軽さの記憶

 子供のころに図書館で読んだことのある、とある昔の児童文学が、ずっと長いこと絶版になっていたというのだが、このたび復刊されたというので、現物を見に、大きな書店に行ってみる。

 で、検索用の端末を活用後、児童書のコーナーにて、無事、発見。

 <どうせなら買ってみるか>、と手にとったその単行本の、<バランスのとれた軽さ>の感触に、<ああ、こんな感じだったな>、と、身長も体形も当時とは変わってしまった今の私は、思ったのでした。
posted by らぶらどーる at 20:06| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

たとえばこんなネーミング:<癒着型不当利益共同体>

 <日本に多分よく見られるであろう、国を食いつぶすイケナイ形>のことをなんと呼ぶのがふさわしいかと考えていたのだが、<癒着型不当利益共同体>と呼ぶのはどうだろう、なんて。

 本来は癒着してはならないもの同士が癒着することによって、それぞれが本来持っている機能を失い、その目的は、本来もらう資格がない利益を不当に得るためのもの。
posted by らぶらどーる at 02:22| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする