2011年09月30日

注意書きは最後まで読みましょう(ライトスタンド編)

 なんとなく、蛍光灯式のライトスタンドが欲しくなったので、とあるショッピングモールに行ったときのこと。

 とりあえず売り場に直行すると、確かに蛍光灯式のライトスタンドはいくつか置いてあったのだが、どれも微妙に決め手に欠ける感じで。

 そんなとき、目に飛び込んできたのが、同じ売り場の端に置いてあった、LED式のライトスタンド。しかも1980円。

 これでもいいかな……、と思いつつ、とりあえず箱に書いてある説明文とかをざっと見る。

 使用してあるLED電球は、アメリカの○○社の××電球――日本で同型があるかな? などと思っていると、その後ろにビックリする一文が。

 [電球:アメリカ○○社××電球(交換不可)]

 も、もしかして、使い切りの使い捨て?
 そりゃ、LED電球は寿命が長いけどさあ、切れたらスタンドごと捨てるの?

 私の解釈に間違いがあるのかもしれないが、それはさすがに避けたい。

 ということで、何も買わずに帰ってきたのでありました。
posted by らぶらどーる at 16:32| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月29日

多チャンネルとは言うけれど

 来月からBS(デジタル)のチャンネル数が、グッと増えるらしいのだが。
 ざっと見たところ、ほとんどが有料チャンネルで、あまり私には縁の無さそうな。
 (ま、放送大学は無料らしいけど)。
 なので、唯一、気になっていた、BSスカパー!の『スカパー!映画部 ホメシネ+』の日程だけチェックして、録画予約を入れて、私の多チャンネル化は終了かなあ、と。
 (この『ホメシネ+』、元はCS800で放送していた、井筒監督と福田萌による、スカパーで放送する映画の紹介番組(『ホメシネ』)。CSだが、無料放送だったので、地味に録画して見ていたり。暴走・直言気味の井筒監督と福田萌が、意外といい感じ。まあ、淡々とした番組なので、人を選ぶかも……。で、それがBSスカパー!の開局に合わせて、CSでの放送が終了して、新たに『ホメシネ+』としてBSで放送開始になるというので、ちゃんと録画予約を入れなきゃ……、と、心配していたのである。いちおう、BSでも無料放送みたいなので、一安心)。

 で、これは、見ない前提の者の意見として言うのだが、有料放送のTV番組欄掲載って、必要かね?
 どうせ有料放送だから、放送プログラムとかは(加入者宅に)宅配されると思うし、加入していない人間は最初から見れないわけだから、わざわざ新聞等に掲載する必要性が薄いのではないか、なんて気もする(特に、来春にはもっとチャンネル数が増えるそうだし)。
 まあ、そんなに気にすることではないのかもしれないが……。
posted by らぶらどーる at 14:15| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月28日

側溝のずんぐり

 道を歩いていると、側溝の枯葉のなかから、ガサガサという音がして、なにやら小さめの生き物の姿が。

 えらくずんぐりしているなあ、と思って、よくよく目をこらすと、しっぽの切れたトカゲでした。

 物の見事に根元から切れているので、上から見たときの全体のシルエットは、ほぼ長方形。
 (今、考えると、ちょっと太目の羊羹(ようかん)に手足が付いて動いている、といえなくもない)。

 季節のせいか、しっぽがないせいか、なんだか動きが重いトカゲくんだったのでした(トカゲちゃん、なのか? ひょっとして)。
posted by らぶらどーる at 13:41| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

未だバブルに捕らわれし人たち(中国新聞夕刊コラム『エコノ女子部(勝間和代・著)』)

 昨日の中国新聞夕刊6面。
 『エコノ女子部』というタイトルの、勝間和代さんによる連載コラムがあるのだが、ちょっとそこを読んで、うーん……、と思ってしまったことがあるので、書いておく。

 <努力すれば成果が出る、ということ自体が日本から消えつつある>、という流れの話の中で、以下のようなエピソードが出てくる。

 勝間氏が、行きつけのネイルサロンの23歳の担当女性に対して、<20年前の日本では、多くの社員がボーナスで車を買ったり、海外旅行に行っていた>という話をすると、彼女は本当に驚いていた(今の社員は、大卒初任給の額自体はさほど変わらないが、ボーナスの月数が大幅にちがうから、そんな生活は望むべくもない(らしい))。で、その女性いわく、「私もそんな時代を過ごしたい」、と(しかも真顔で)。
(※ここまで概略、以下、引用)
 あの時代の経済は「バブル」でした。がんばればがんばるほど、会社の業績が上がり、自分のボーナスも増えました。(後略)

 以下、文章は、政府と日銀にデフレ対策を最優先に取り組むよう要望して終わるのだが――

 担当女性が驚いていたというが、それも当然で、勝間氏の紹介の仕方が悪い(適切でない)のだ。
 というのは、おそらく担当女性は、<そういう状態が永続的・恒常的に続く>という前提で話を聞いている(=勝間氏がそういう風な伝え方をしている)のだろうと思う。
 だが、当然、お分かりの方が多いと思うのだが、<バブル>とは一時(いっとき)の異常事態であって、永続性・恒常性は望むべくもない。
 で、もっと首をかしげたのは引用部で、(バブル期に)頑張ったから会社の業績が上がったわけでもないし、頑張ったからボーナスが増えたわけでもない。
 実態に見合わない幻があたかも存在しているかのように市場が錯覚していたから、その錯覚の結果として、見返りが異常に大きくなっただけのこと(と、私は解釈している)。
 だのに、それを<努力の当然の対価>ととらえてしまうのでは、何も分かっていないのと同じではないか? なんて思ってしまったのだ(ま、経済学的にどうなのかは知らないのだが)。
 で、要するに、<バブル期を基準にすること自体、間違ってる>んじゃない? と。
 なんか、会社とかでも、いまだにバブル期の数字を基準にしているところがあるような話もたまに読んだりするのだけれど、<実体がなくて、崩れるのが確定なもの>を基準に持ってくること自体が間違っている。
 そういう意味でいえば、勝間氏も、<未だバブルに捕らわれた人たち>の一員なのかもしれない、なんて、ふと、感じたのでした。
 といってもこの文章の本意は、勝間氏がどうというよりも、<いいかげん、バブルがずっと続くとかいう発想からは、もう自由になりましょうよ>ということなのだが。
posted by らぶらどーる at 02:47| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月27日

サッカー <Jリーグベストメンバー規定>改善案

 Jリーグの<ベストメンバー規定>について、改善案など。

 以下、私案。

・ベストメンバー規定は、当該チームのアウェイ戦にのみ、適用される。
・ベストメンバー規定は、当該チームのホーム戦には、適用されない。
・上記2項は、Jリーグのリーグ戦についてのみ、適用される。
・カップ戦に関しては、従来通り。

 以下、説明。

 基本的に、Jリーグのベストメンバー規定(が制定されている理由)には、以下の2つの側面が含まれると考える。

・試合の質の維持(八百長行為等の防止を含む)
・スポンサーへの対応

 試合の質の維持に関しては、問題となるのはアウェイ戦でメンバーを落とした場合だろうと思う。
 アウェイ側のチームがメンバーを落とすということが頻発した場合には、ホーム側のチームの著しい不利益となりかねない。
 逆に、ホームでメンバーを落とす分には、それによる試合の質の低下は(もし起こったとして)、ホーム側のチームに(収入・集客などの面で)跳ね返ってくる。
 したがって、<それでも(ホームで)メンバーを落としたいのなら、どうぞご自由に>ということである。これは、ホームの場合には、サポーター側もチーム事情を考慮して黙認する場合があるかもしれないということも、念頭においている。

 次にスポンサーへの対応についてだが、ここでいうスポンサーとは、チームのスポンサーではなく、大会のスポンサーを念頭においている。
 一般にJリーグのチームにおいては、(昇格や)降格にからむJリーグのリーグ戦を重視する傾向にあるのは――特に切羽詰まった(せっぱつまった。がけっぷち、みたいな意味)チームの場合には)――ある程度、やむを得ないと思う。
 しかし、そのしわ寄せがカップ戦に行ったのでは、スポンサーに対して、顔向けができない。
 ここら辺は実情を知らない身には判断しづらいのだが、大事をとって、Jリーグのリーグ戦のみの適用としている。
posted by らぶらどーる at 23:32| サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最近、印象に残ったフレーズ(書籍『技術屋の心眼』)

 書籍『技術屋の心眼』(E.S.ファーガソン:著 平凡社ライブラリー)で、工学系システムについて、印象的なフレーズがあったので、書いておく。

 (前略)技術者は、求められた設計がどんなものであれ、計画が実際に有効であるためには、計画されているシステムが予測可能で制御できるものでなければならないことを知っている(中略)。設計者はまず、システムの境界を設定する(中略)。それから、システムに入ってきてよいものと、出ていってよいものが注意深く決定される。気づかれずに、あるいは原因不明で境界を越えることは何ものにも許されない。理想的な工学のシステムでは、機械によるものであれ人によるものであれ、予測できない行動が入る余地はないのである。(101〜102ページ)

 システムというと、仕組みに意識が行きがちだが――どういう仕組みか、とか、最新式の仕組み、とか――システムがシステムとして有効に機能し得る根幹をまず押さえないことには、始まらない。これは、自ら考案する場合だけでなく、よそで開発されたものを導入する場合にも、気をつけねばならないことであろう。上記の引用部に基づけば、その(よそで開発された)システムを設計するときに設計者が設定した境界を知らないことには(/に気づかないことには)、そのシステムは本当の意味で<予測可能で制御できるもの>にはならないからである。

 また、ここから少し離れて、別の発想もできる。
 それは、既存のシステムの設計時に設定されている境界が、現状に対して不適当となってきたときは、場合によってはシステム自体の再設計が必要だろう、ということである。

 システムに関しては、仕組み以外に、

・大前提をしっかり押さえること
・大前提が崩れた場合には、システム自体を再設計すること
(大前提が崩れていない場合には、既存のシステムの手直しで済む(/対応できる、はず))

 ということがポイントとしていえるのかもしれないな、と、素人ながらに、感じたのでした。
posted by らぶらどーる at 16:50| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

最近、印象に残ったフレーズ(<ファンタジーが教えてくれる3つの基準>)(朝日新聞書評より)

 昨日の朝日新聞朝刊の書評欄に、印象に残った個所があったので、書いておく。

 書評対象は、アーシュラ・K・ル=グウィン著の書籍『いまファンタジーにできること』(河出書房新社)、書評者は生物学者の福岡伸一氏。
 (ちなみに、本記事タイトルにある、<ファンタジーが教えてくれる3つの基準>という言葉は、同書評には無い。同書評を読んで、私が勝手に思いついたこと。念のため)。
 印象に残ったのは、以下の部分。

 ファンタジーは、善悪の違いを教えるだけでなく、むしろ真偽の見え方を教える。それ以上に美醜の基準、フェアネスのありかを示す。物語のかたちをとって。なぜ生命操作が美しくなく、どうして巨大技術が醜いのかを教えてくれるからである。
(同書評、下段後半より)

 <善悪><真偽><美醜>という3種類の基準(というか、ものさし?)。
 そして、それぞれに対して使われている3種類の言葉(<違いを教える><見え方を教える><ありかを示す>)。

 なんだか、いいとこ突いているような感じがして、印象的だったのでした。
posted by らぶらどーる at 05:11| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

ゲーム 『FOOTBALL ALLSTAR'S』第2回FAS全国大会終了

 コンビニ等で販売している選手カードを使用してサッカーチームを組み、対戦ができるというオンラインゲーム(なのか?)『FOOTBALL ALLSTAR'S』。
 『Jリーグチップス』のおまけなどでぼちぼちとカードを集め、サンフレッチェ広島の森崎(和)が出たところで、一回やってみるか、と、公式ホームページへ。すると、ちょうど全国大会が開催される直前だったので、手持ちのカード7枚と、ゲーム上でランダムに配られるレンタルカードの選手をそのまま適当に起用して、参戦。計5日の日程がようやく終了したので、感想など。

 ゲームとしては、チームを組んで、戦術等を決めるだけで、実際の試合は、結果(試合経過)を再生して見るだけ。
 再生シーンとか、あんまり気にせずに、単に、Jリーガーでチームが組めて対戦ができたら、という人には向いている。
 当然のことながら、リアルタイムで操作したい人には、まったくの不向き。

 今回、基本的には自分の好きな選手を使ったので、――ダブルボランチのレギュラー、ともにサンフレッチェ広島の森崎(和)と青山は、チーム戦術適合度が最悪だったりしたのだが、そのまま使用――、どうなることかと思ったのだが、計5回の6チーム総当たりのリーグ戦は、ほぼ全てが3〜4位という究極の中位チーム。ただし、最終順位は5300〜5400番台で、あまりよいとはいえず。

 3−4−3で、CF赤嶺のドリブル突破が唯一の武器という厳しいチームだったが、まあ、ぼちぼちと楽しむ分にはよいかも。
 個人的にはあまり入れ込む対象でもない感じだが、地味にやる分には悪くないかな、という感じ。

 サーバーの関係なのか、チームを組み替えようとしても、たまに画面にカードが表示されなくて出来なかったりすることがあったので、それが気がかりで、なかなか臨機応変にチームを組み換えることができず、ちょっと不便ではあった(疲れてる(?)選手を1試合だけ外そうか、と思っても、もどすときにカードが表示されなかったら、もどせないわけで、その状態で何試合も続くのとかは勘弁してほしいなあ、というのがあったので、なかなか休ませられなかったり)。
posted by らぶらどーる at 23:28| ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月24日

ああ、そういう風に見るものなのか(TV『金曜スペシャル シリーズ平清盛 第1回 厳島への夢』)

 2011/09/16にNHK総合1・広島で放送されたTV『金曜スペシャル シリーズ平清盛 第1回 厳島への夢』を途中まで見て。

 来年の大河ドラマにちなんで平清盛ゆかりの地を紹介しようということのようなのだが、第1回で取り上げられたのは、我が地元・広島の厳島(宮島)。

 まだ前半しか見ていないのだが、印象に残ったのは、厳島神社の映し方。

 私は地元の人間なので、当然、厳島神社には何回か行ったことがあるのだが、地元民の常として、何をそんなに評価されているのか、今一、ピンと来ていなかったのだ。
 それが、今回の放送での厳島神社の撮り方を見て、ああ、そういう風に見るものなのね、と感心した次第。
 確かにそう見れば、美しいわ、というか。

 あと、ほかで印象に残ったのは、吉川晃司のナレーション。
 吉川氏のイメージとはやや異なった落ち着いた印象の語り口で、とりあげられているものの重みみたいなものを分かってしゃべっているように感じられて、好印象だったのでした。
posted by らぶらどーる at 03:29| TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

DVD 『imagine 井川遥』を、ざっと見

 中古特価品コーナーで、なんとなく気になったので、井川遥の昔のイメージDVDを購入。
 で、早送りとかしつつ、適当に見る。
 適当に見たので、あんまりちゃんとした感想は言えないのだが、見ていて感じたのは、あれ、この感じ、どっかで見たことがあるぞ、と。
 で、思ったのは、『金麦』のCMでの檀れいではないか、と(まあ、檀れいは水着にはならないけど)。
 (男性目線での)癒し系、愛され系の空気感が、どことなく似ているなあ、と、感じたのでした。

 (※檀れいの檀の字を間違えていたので、訂正(2014/05/04)(壇:誤 檀:正))。
posted by らぶらどーる at 03:18| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする