2011年05月31日

<現在>と<歴史> <思い>と<ムーブメント> (『変るもの 変らないもの 松岡享子講演録』を読んで感じたこと)

※長文です。

 (松岡享子・著 財団法人 東京子ども図書館・刊)

 松岡氏による1988年の記念講演に手を加えて収録したもの。子どもの本についての思いや(当時の)現状に対する見方など。

 ディック・ブルーナの絵本『うさこちゃん』(←いわゆるミッフィー)シリーズの翻訳などで知られる松岡享子による講演をまとめたもの。ちなみに同じ松岡でも、『ハリー・ポッター』シリーズの方の翻訳は松岡佑子さんで、別人のよう。

 図書館で見かけた薄い本で、現在は入手不可の模様。
 全部読んだわけではないが、一部印象に残った個所があるので書いておこうかと。

 以下、同書46〜52ページの『現在と歴史をつなげる』というタイトルのパートから、2点。

 【<現在>と<歴史>について】
 (前略)この年になってようやく人間の一生をひとつながりとして感じられるようになった、と申し上げましたが、そうなってみますと面白いことに、もう亡くなってしまった人たち、あるいはいわゆる歴史上の人物といわれる人たちに対しても、つながりを感じるようになってきたのですね。(中略)
 過去の人を自分とつなげて見るようになってきますと伝記がほんとうに面白く読めるようになりますね。それと同時に、いろんな現象も、それをひきおこした原因がどこにあったのだろうかとか、それにかかわった人の心の中はどうだったのだろうかというような点に注目して見るようになります。
(46〜47ページ)

 引用がすこし長くなってしまったが、入手不可ということで手に入る人も限られるだろうと考えてのこと。
 最近、TVでも、この種の番組が徐々に増えているように思える(特に引用の後半部分)。
 これは<歴史に学ぶ>という風に使えることももちろんだが、<歴史を楽しむ>ということにもつながるのではないか、と。

【<思い>と<ムーブメント>】
 松岡氏によれば、1960年代に、<どんどん子どもの喜ぶ本が出た>(48ページ)とのこと。
 この現象の原因として、松岡氏は瀬田貞二さんの名前を挙げている。
 瀬田さんは平凡社の『児童百科事典』を出すなど、子どもの本の出版に関わった人のよう。で、その根本にあったのが、(第二次世界大戦の)終戦を迎えた際の、以下のような思い。

 「……日本がこれからどうなるか? 私はどのように生きたらよいか? (中略)私は自らのあらゆる能力と時間を、子どもたちにむかって解放しなくてはならない。これからの時代は、子どもたちに期待するよりないのだから……。(後略)」(48〜49ページ)(←瀬田さんの書いた文章の紹介)

 (ここでいう<期待>とは、現代のいわゆる<お受験>のそれとはちがうものではないかと、個人的には思っている)。

 本文は、こう続く。

 (前略)子どもの本の出版にかかわった人々の心の中にこうした強い”思い”がかくされていたのは事実です。(中略)その人たちが頭の中にイメージとしてもっていたすぐれた子どもの本の中には、外国のものもあれば、戦前の日本のものもあったでしょう。そして、それらの本の作り手たちもまた、ある志をもち、あるイメージをもって本を作っていた……ということ。それが、わたしがいうつながりなのです。(51ページ)(←松岡氏の言葉)

 要は志(こころざし)ということでもあり、何を以って(求めて、願って)本に関わるかという話でもある。
 たとえ、実際に連絡を取り合っていなかったとしても、同じ志を互いが持っていたのであれば、互いが同時代・同地域の人であるのなら、それはある種のムーブメントとでも言えるものを引き起こし、互いがちがう時代・ちがう地域の人であるのなら、それは先の時代に同じ志を抱いた人にとって大きな力・助けとなるであろうということ。そういう形の<つながり><ムーブメント>と呼べるものもあるのではないか、と感じ、それが印象的だったので、ここに紹介してみたいと思った次第。

 ちなみに、そのすぐあとには、こういう記述もある。

 非常に残念なことに、六十年代、一冊一冊興奮をもって作り、興奮をもって受取っていたような本は、その後の高度成長期に、商業主義の波が押寄せて一度にどっと本が出るようになってから、その大量の絵本の中に埋没して見えにくくなっている状況にあります。しかし、わたしたちが文庫や図書館で、子どもに本を渡す仕事ができるのも、このようにして世の中に送り出された本があればこそです。(51〜52ページ)

 ここには2つのことが書かれている。
 ひとつは、上記のような本は、商業主義の中では、大量に出る本の波に押し隠されて、読者のもとに届きにくくなってしまう傾向があるということ。
 これは本に限ったことではないと思うが、いざ、<○○が儲かりそう>となったときの他業種からの参入等の勢いはものすごいものがあり、そういった人(/または会社)たちというのは利益だけが目的であったりするので、<とりあえず、売れてるのと似たようなもの>を作り散らして店頭に並べまくる、なんてことになりがち。
 で、店頭は、一見、ものすごく商品の数や種類が多くなって、盛況に見えるのだけど、実際はちゃんとしたものはほとんどなく、かといって、そうでないもの(ちゃんとしていないもの)が多すぎるために(ちゃんとしたものは)客の目にはなかなかとまらず、結果的に、ブームに乗って買ったけれど、ちゃんとしていないものを買わされているから、(買った世間の大勢の人の)そのジャンルに対する評価自体が非常に低くなってしまって業界の先行きが非常に暗くなってしまったり、本当の意味でちゃんとしたものを必要としている人のもとにそれが(あるのに)届けられない(届かない)といったことが起こったりする。
 これにはもうひとつ弊害があって、それは、<ちゃんとした人材>(その業界が本当の意味で必要としている人材、その業界向きの人材)がその業界に入ってこなくなるということ。
 その業界の(商品で)目にするもののほとんどは(業界的に見ても)<ちゃんとしていないもの>に(一時的に)なってしまっているから、それを見た人の中に、<その業界を将来背負って(しょって)立てるような人材>がいたとしても、<自分が興味があるのとはちがうものだな>と思って、入ってこない(寄りつかない)。で、言葉はきつくなってしまうが、<その業界で、本来、重要ではないこと>に興味を持ち、魅かれるような人材ばかりが、入ってきたりする。これだと、業界本来の魅力が発揮しにくくなってしまうから、先行きは難しいことになりそうという予測が立つ。

 で、本題にもどると、もうひとつは、それでも、過去に志を持って<ちゃんとしたもの>を作り出した人たちがあったればこそ、商業主義から外れた(はずれた)ところで、<ちゃんとしたもの>を提供し続けていくことができるのだということ。

 このパートは同書では、以下のようにまとめられている。

 (前略)よい本が生み出された背景には、必ず人があり、その人を動かした志があるものだと思います。そして、それをさぐっていけば、そこに本の影響が、直接間接に働いていたに違いないと思います。それも”変らぬ”たぐいの本が……。(52ページ)

 なお、最後に書いておきますが、この文章の地の文は、私が同書を読んで感じたこと、思いついたことを書いたものであり、松岡氏ご自身が、同種の考えの持ち主だということではありません。念のため。
posted by らぶらどーる at 15:35| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍 本の探偵事典 どうぐの手がかり編

 (あかぎかんこ・著 フェリシモ出版)

 基本的には一個前に書いた書籍『本の探偵 いろの手がかり編』と同じ。こちらは、作中に登場する道具編。

 道具といっても幅広く、<人形>や<楽器>から、<乗り物>や<学校>、はては<エレベーター>まである。これは、あかぎかんこ氏がやっている<本の探偵>が、もともと、<思い出せない本を、覚えているヒントを手がかりに探していく>という形式をとっているため、依頼人から寄せられたヒントをベースに分類すると、こういうことになってしまうのだろうと推察。

 以下、同書で印象に残っているところを2つ。

【その1】
 『エレベーターで4階へ』という本の紹介文、<ママがお金持ちの家の住みこみのお手伝いさんになり、ロッテンは憧れのエレベーターに乗る。>(91ページより)――って、いつの時代の(どういう)話だ!? と思って発行年を見ると1995年。……まあ、これは日本での発行年だから、最初の発行は、もっと前なのかもしれない(し、時代物なのかもしれない)けど。

【その2】
 96ページの地の文には、こんな一節が。

 (前略)とびぬけてたくさん依頼がくるのは『生きている首』(『ドゥエル博士の首』というタイトルもありました)です。

 ――あった、あった、そういう本!
 地の文では、<ロシアのベリャーエフの書いたSFで――>と続き、99ページの同書の紹介では、<岩崎書店>の文字が。おお、懐かしい!

 みたいな楽しみ方もできる一冊なのでした。

※記事タイトルで、『本の探偵事典』の『事典』が抜けていました(2011/05/31修正)
posted by らぶらどーる at 00:40| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍 本の探偵事典 いろの手がかり編

 (あかぎかんこ・著 フェリシモ出版)

 <こどもの本の探偵>(=子供のころ読んだのだけれど、今になってみるとタイトル等が分からなくて見つけられない本を探してくれる(らしい))にして、子供の本の研究者、かつ、図書館の棚づくりプロデューサーでもあるあかぎかんこが、いろを目印にして、こどもの本を色々と紹介している本。
 紹介されている本の発行年は、1960年代(もっと前もあるかも)から2000年代と幅広い。また、日本の本も外国の本も紹介されている。
 紹介されているのは物語か絵本。見つけやすいよう、巻末には索引もついている。

 もちろん、実際に<探したい本、思い出せない本>を探すのにも使えないことはないかもしれないが、やはり本ということで(ページ数の関係で)紹介冊数が限られるので、人によってはそういう用途には向かないかも。
 どちらかといえば、こども時代の図書館とか図書室とかの感じを思い出すのによいのではないか、と。
 自分にとって興味のある本も無い本も、表紙の写真付きでずらっと紹介されているので(しかも、白黒ではなく、カラー)、気分はある意味、図書館の棚のところできょろきょろしているような感じ。
 当時は読まなかったけど、ああ、こういう本も棚にあったなあ、とか、そういう楽しみ方もできる。
 表紙だけでなく、ごく簡単な紹介文もついているので、へえ、読まなかったあの本は、こんな感じの内容だったのか、と感じることもできる。
 こどものころに本に親しんでいた人にとっては、なつかしい経験となり得るかもしれない。
posted by らぶらどーる at 00:22| 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

CD/DVD 『 Let's try again ! 』(チーム・アミューズ!!)

 WCCFをやるのも気が乗らないしなあ……、と思いつつ、ふらっとCDコーナーに立ち寄ると、目についたのが、CD/DVD『 Let's try again ! 』のジャケット。

 これは、芸能事務所アミューズ所属のタレント/アーティストが、東日本大震災のチャリティーのために集まって出したもので、アミューズといえばPerfumeもからんでいることから、印象に残っていたのだ(TV『笑っていいとも!』でPerfumeも宣伝(というか、告知?)していたし。

 数日前、とりあえず出ているかどうかだけでもチェックしようと思ってTSUTAYAで探してみて、見当たらなかったのが記憶に残っていたので、なんとなく手にとってみる。

 するとどうやら、DVD付きは、手に持っているこの一枚で終わりらしい。横に並べてあるのはCDのみのバージョン。

 ……買おう。

 ということで、買う気もなかったのに、つい買って帰ってしまったこのCD/DVD、1、2日ほって(放って)あったが、なんとなく、見ることに。

 で、PV→メイキング、の順で見たのだが、うーん、おもしろい。

 もちろん東日本大震災のチャリティーソングなのだが、サザン(オールスターズ)の桑田さんがプロデュースしているらしく、音楽の力・役割に関する一本筋の通った主張というか音楽観が全体を貫いていて、歌としても、パフォーマンスとしても、組み合わせ方としても、おもしろい。
 いい物を買ったな、といった印象なのでした(これなら、あとで(また)見る機会もありそう)。
posted by らぶらどーる at 20:22| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

無題 追記

 (追記というか、一個前のの別バージョンを考えついたので、書いておく)
 (※3行目がすこしちがいます)

 悲しみも喜びもその人自身のもの
 あるべきものをあるべきところに
 持ち主のもとから奪わないように

posted by らぶらどーる at 22:16| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無題

 悲しみも喜びもその人自身のもの
 あるべきものをあるべきところに
 持ち主のものを、奪わないように
posted by らぶらどーる at 21:50| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TV/歌/音楽 『特選オーケストラ・ライブ ズービン・メータ 希望の響き』

 先月の24日にNHK−BSプレミアムで放送されたのを、やっと視聴完了。
 内容は、今回の震災を受けて2011/04/10に行なわれた<東日本大震災チャリティーコンサート>。地上波の放送をちらと見て、すこし印象に残っていたので、BSプレミアムの方で録画してみた。
 (にしても、いちいちBSプレミアムって打つの、めんどくさいなあ……)。
 前半まで見て(聞いて)いて、時間と精神的余裕がなくてそのままにしてあったのだが、このたび後半を聞いてみると、盛り上がりというか、パワーがすごい。特に後半のいわゆる『歓喜の歌』の大合唱のあたりなんて、ほとんど<物理的な力>だ。

 伝えたい、という思いもだが、(震災という事態に)パニックにならずに踏みとどまった(確かな)心の強さが、その根底に流れているものなのかもな、と、少し思ったのでした(いや、実際にどうだったのかは、知らないけど)。

 (↑歌い手/演奏者(/指揮者)自身がおびえて(恐怖におののいて)アップアップしているようには見えなかったので)。
posted by らぶらどーる at 00:13| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月28日

WCCF ICCに挑戦 追記

 あとで思い出したのだが、対人戦の1点目は、グラウンダーじゃなくって浮き球のクロスだったかな?
 で、相手のCB(?)がジャンプせずに見送って、ビージャの足元に来てシュート、ゴールだった気が……。

 あと、ふと思ったのだが、ディフェンスラインに、引いたばかりのENSテリーを入れれば、連携的にはいいはずだよね(たぶん)。
 カシージャス、プジョル、アルビオル、セナの中心に入る形になるはずだから。

posted by らぶらどーる at 23:57| WCCF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

WCCF ICCに挑戦

 すこし時間があいたので、スペイン系チームで6試合。
 公式戦をやりたいと思っていたところ、ちょうどICC前だったので、さっそく参戦する。

 ICCリーグ初戦は対人戦。相手はC.ロナウドのサイド突破にL.ファビアーノが合わせる形。
 この試合、どうも相手のプレイヤーが、GKを飛び出させ気味で、結果的にそれが勝敗を分けることになった。
 まずは、ムニティスが右サイドを突破。何もしてないのに勝手にカットイン。
 すると、PAに入るかどうかの段階で、相手GKが飛び出してくる。
 中にグラウンダーを合わせて、ビージャが無人のゴールに蹴り込み、先制。
 しかし、C.ロナウドの突破をプジョルが抑え切れず、L.ファビアーノに決められて同点に。
 こちらは今度はビセンテが左サイドから切り込む。
 すると、さっきと同じタイミングで相手GKが飛び出し。
 中にグラウンダーを合わせて、ビージャが2点目。
 しかし、またもサイドを抑え切れず、同点ゴールを食らう。
 こちらも攻め返すと、ゴール前へのハイクロスに相手GKが飛び出し、混戦の中でパンチング。PA外にこぼれたところを、セナがそのまま無人のゴールに蹴り込んで、勝ち越し。結果的にはこれが決勝点になった。あとは、効いてるのか効いてないのか分かんないけど、アルベルダをCBに下げて4バックにしてタイムアップ。
 打ち合いに満足して2戦目に臨むと、相手はスーバー・オランイェ(だっけ?)。攻めを止め切れず、2失点。ビセンテの突破から1点返すも、それまで。
 続くリーグ最終節は、たぶん全国優勝チームとかのアレ。いろいろやるが、結局、止め切れずに0−3で負け。1勝2敗でグループリーグ敗退に終わった。

 うーん……、と思いつつ、FMx2。しかし、どうも勝ち切れず、先制後、追いつかれる展開で、2試合連続1−1のドロー。
 と、5枚目で綺羅引きが。

 ――ENSテリー、参上!

 初のENSはジョン・テリーでした。
 で、最後の6クレ目のPDを前に、チームの面子を見ていてふと思ったのが、このチーム、プジョルやアルビオルの能力値なら3バックが可能なのではないかと思って始めたわけだが、確かにRL1あたりだと特に問題はないのだけれど、強いところと当たると(メンバーもそれなりなので)、やはり若干、きついな、と。
 といっても、現在の3バックは、綺羅1/黒1/白1の構成なので、黒か白のグレードを上げればよさそうなものなのだけど、スペイン系のCBの綺羅はプジョル一枚しか持っていないし、ピケの黒は私は持っていないしで、すこし強化は難しい。さて、どうするか、といったところなのでありました(いちばん安易なのは、ピケの黒を買ってくるのがいちばん早いような気もする)。

 そんなことを思いながら挑んだPD第3節は、追い上げられるも2−1の勝ち。3節終わって3勝0敗の3位。
 何とか残留が見えるといいな、の今日このごろなのでした。
posted by らぶらどーる at 20:33| WCCF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

大台到達

 ちなみに、一個前ので、総記事数が3000に達した模様(これが、3001記事め)。

 (ま、一応、記念ということで)。
posted by らぶらどーる at 20:31| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする