2010年04月30日

WCCF 当たった〜!

 久々のWCCFネタ。
 タイトルでお分かりとは思いますが、エクストラカードキャンペーン(第6弾)が、当たりました!
 家に帰ると見慣れぬピンク(?)の封筒が届いていて、SEGAのロゴが。
 もしかしてと思って中を開けたら当選通知(とカードパック)が入ってました。
 いやあ、うれしい。エクストラカードキャンペーン、当たるのは初めてなのだ。
 しかも今回は当てたい理由があって、それはなんといってもミネイロ。
 カードは5枚セットなのだがその中のミネイロといえば、第1回CWCでの活躍も記憶に新しい、私にとっては非常に印象的な選手。
 リバプールとの決勝では超絶な運動量でピッチを上から下まで走り回り、自ら裏に飛び出してチーム唯一の得点(決勝点)を上げるという、大活躍中の大活躍。
 なので普段はキャンペーンにはずれても、別にいいや、で済ませるのだが、今回に限っては、もしはずれたらネットで購入しようか、と思うほど。
 そのミネイロが来てくれたということで、WCCFで久々にハッピーな一日なのでした。
posted by らぶらどーる at 13:56| 広島 | WCCF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

ぜんぶンしりとり、とか

 ぜんぶンしりとり:言葉の最後にかならず「ん」が付かなければいけない(というルールの)しりとり。次の言葉の頭は「ん」の前の字になる(例:マロン→ロンドン→土管→KAT-TUN)。言葉を思いつけなくなったら負け。

 注:大人同士だと、鸚鵡返し(オウムがえし)がそれなりに使えるので、若干、うっとうしい。
 (例:マロン→論→ローソン→損→そうめん→面)
posted by らぶらどーる at 18:06| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

悲しいしりとり

お墓

→カス

→スカ

→甲斐性(かいしょう)なし

→屍(しかばね)

→根暗

→落胆
(「ん」が付いたので、終わり)

 (昨夜のTV『シアワセ結婚相談所』の<子供力検定>でのアジアン・隅田の<オカルトしりとり>があまりにも印象的だったので、なんとなく思いついてみました)。
posted by らぶらどーる at 18:19| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

おかずのつもりが……

 <サービス品>という紙がバン!と貼ってあって商品名が見えず、中身がなんだか分からないお惣菜を、プラスチックの透明なフタ越しに中を見て、おそらくビーフシチューのたぐいであろうと判断。家で電子レンジで温めて、茶碗にご飯をよそって、いざ、食す。
 まずは表面をさらっとすくってご飯と一緒に食べると、うん、予想通りビーフシチュー系の味。
 で、がさっとスプーンを深めに入れてみると、中から現れたのは卵とご飯。
 なんとビーフシチューではなく、オムライスにビーフシチュー(?)を上からかけたものだったのでした……。
 おかずとご飯で食べるつもりが、何とご飯でご飯を食べることに。
 しかし、いまさら炊飯器に茶碗のご飯をもどす気にもなれず、ビーフシチュー(?)をうまいこと配分して、ご飯2食分を食したのでした。
posted by らぶらどーる at 16:13| 広島 | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

『水戸黄門』でダブル・くノ一とか?

 なんとなくTVを見ていたら、ドラマ『水戸黄門』の5代目・助さん格さんが、現在放送中の第41部をもって卒業するということで。で、以前にも報道されていたが、由美かおるも同じく第41部をもって卒業ということで。そうなるとメンバーが大きく変わりそうだから、ということで、それ以降の『水戸黄門』について、ちょっと妄想してみた。

1・助さん格さんのキャラ立ちを
 私はごくたまに『水戸黄門』を少し見るくらいなのだが、見るたびに助さん格さんは似たような感じだなあと思っていて(←まあ、限られた時間しか見てないからかもしれないが)。なのでインターネットを見ていて、助さん格さんで性格や設定がちがうということを知ってビックリした口なのだ。なので、常連さんには今の描写でいいかもしれないけれど、新規のお客さんのことも考えて、もう少し2人の特徴がにじみ出るようにしたらどうか、と思ってしまったのでした。

2・由美かおるの後釜にダブル・くノ一とか
 由美かおるの存在感はやはり大きいし、別人に同様のことをやらせても、やはり弱いと思うので、いっそのこと、くノ一を2人にしてみてはどうか(というか、由美かおるって、くノ一だったっけ?)。
 で、たとえば、対照的なキャラにしてみる、と。

例:仮に末永遥、山崎真実として――

末永:動のくノ一。変装しての潜入が得意で、機転が利くタイプ。ラストの立ち回りでは自ら相手に切り込んでいく。攻めに強いタイプ。性格的には陽で、人あしらいがうまい。
山崎:静のくノ一。護衛がメインの居残り役で、任務に忠実なタイプ。ラストの立ち回りでは黄門様やゲスト被害者の護衛に回る。受けに強いタイプ。性格的には陰で、敵の気配等を察知しやすい。(以下、山崎の場合限定:たまに代役で潜入捜査をすると、緊張してドジをしまくるが、「あんなドジな奴がくノ一のわけがあるまい」などといい方に転んでくれるタイプ)。

3・黄門様に物申す男
 アンタッチャブルな黄門様の大胆な行動に、安全第一の観点からいろいろと諫言(かんげん。いさめるようなことを言う)する古くからの忠臣とかがいると、バランスが取れていいかも(場合によってはコメディにも使えるし)。
posted by らぶらどーる at 20:31| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

ドラマ『怪物くん』第1話に見る細かい違和感

 以下ネタバレあり。

 初回スペシャルをほぼ全部見たのだが、本筋と関係ないところで若干、気になったところが。

 悪魔が人間に罠を仕掛けて、あるものを人間から吸い出すのだが、その吸い出すものがなんと、『欲望』なのだ。

 といっても分かりにくいだろうから一応説明しておくと、古来より、<悪魔が欲しがるものは人間の魂>と相場は決まっている(あるいは、キリスト教圏であれば、神への忠誠を失わせる、とか)。で、その目的を達成するために(というのはそれには人間の同意が必要だから)、人間の欲望を刺激して利用し、魂を手に入れる(あるいは神を裏切らせる)。これがフィクションによく見られる悪魔の基本的なパターンであり、だからこそ『欲望』は『七つの大罪』のひとつにも数えられているのである(若干、うろ覚えですが)。

 ところがその、本来悪魔に利用されるはずの『欲望』を、悪魔自らが吸い出してくれる、と。『欲望』が少なくなれば、悪魔は人間を利用しにくくなるはずなのに、である。なんだか変な展開(/理屈)だなあ、というのが、正直な感想。

 他にも『嘘はいけない』というのと『いい嘘もある』というのが錯綜していたりして、どうもそういう面での基本的なところに、やや、あやふや感が残る作品なのかもしれないなあ、なんて感じたのでした(ま、気にする人も、少ないでしょうけどね)。
posted by らぶらどーる at 04:16| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

設定の積み残し(ドラマ『警視庁失踪人捜査課』)

 以下、ネタバレあり。

 昨日始まった新ドラマ『警視庁失踪人捜査課』を見て、HDDの容量を考えてすぐ消すかどうか考えつつ、部分的に録画を再視聴していたとき、ふと気がついたのだが――
 借金はどうなったの!?

 たしか劇中で、やばいところから金を借りていて、警察が取り立て屋よりも先に見つけて保護しないと本当に殺されかねない、なんて話があったような気がするのだが、ラストでは何事もなかったかのように娘と遊んでいる姿が。
 (私が見落としたのかな……?)。
 (あと、私の聞きまちがいかもしれないけど、正しくは『<厳正>なる抽選』だよね、きっと……)(冒頭の台詞の話)。
posted by らぶらどーる at 18:33| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<ぶん殴る>の<ぶん>についての私考

 同名漫画が原作である映画『ダーリンは外国人』のTVでの紹介で、主人公の彼氏(=外国人)が、どうして『ぶん殴る』は『ぶん』でなくてはいけないのか、ズンでもドンでもいいではないか、と疑問に思う場面が出ていた。これについてなんとなく思うところがあったので、一応、記しておこうと思う。

 結論からいえば、『ぶん殴る』とは、<殴る側が主体の言葉>ではないかと思う。それに対してズンとかドンとかいうのは、物同士がぶつかった場面(あるいはその接触面)のインパクトの大きさ(または、感じ)を表現する言葉ではないかと思う。
 (さらにいえば、ズンもドンも、ぶつかり方がぶつかられる面に対してほぼ垂直の場合を表現している意味合いが強いのでは? なんてことも思うのだが。別の言い方をすれば、重心に対して響くようなというか、中心に向かって、芯をとらえて、というか。芯を外した当たり方にはあまり使わないような気もするのだがこれはちょっと言い過ぎで、ぶつかられた側がこたえる(う……、となる)ような場合に用いられるのではないか、なんて)。

 インターネットで検索すると、どうも日本語研究の方ではちがう結論が出ているようなのだが、せっかく思いついたのでもうちょっと書いておくと、『ぶん』とは、スイングの程度を示した言葉ではないか、なんて。ぶんぶん振り回す、なんて表現があるように、<腕を、ぶん、と振って相手を殴りつける>みたいな意味合いがある場合に『ぶん殴る』という表現が使われやすいのではないか、なんて思った。
 また、怒気などの感情が込められた動作の場合に使われやすいのでは、なんて気も。

 以上、『ぶん殴る』の『ぶん』についての私考でした。
posted by らぶらどーる at 18:27| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『普通』ということ(TV『みんなで日本GO!』)

 この春からNHKでやっているTV『みんなで日本GO!』。今週の放送の後半で、『普通』ということばについてとりあげられていた。
 現代において『普通』が意味している内容は複数あってしかもそれらは重なっていないと思うのだが、中に「現代の若者にとって、『普通』はある種の基準で、しかも自分よりずっと上にある」みたいな指摘があって(かなり意訳してますが)、それに関連して思ったこと。

 『普通』でないことを恐れる、『普通』でありたい、『普通』は自分たちよりはるか上、と感じるというのは、要するに、現代の日本においては、『普通』という名の基準が、自分たちの日々の(日常の)生活の中から生まれてくるものではなく(日常生活に根ざしたものではなく)、各業界の思惑とプロモーションによって、自分たちの実生活とは何のかかわりもないところで、一方的に決められることが当たり前になってきているからだと思う。しかも向こうには資金力と宣伝力(そしてテクニック)があるので、各人の感性において反論や太刀打ちもできない(実際はできないことはないのだとは思うが、そういうことにされているとでもいうか)。
 別の言い方をすると、そういうマーケティングの網がもろにかぶさってくるある種の限定空間の中に(そうと知らずに)いる人が多い、ということなのかも知れない。

 (<『自由』という名の鳥籠(トリカゴ)>とでもいうか)。

 (で、それに従って購買行動をしないと、(同じトリカゴの中にいる、ほかの人間たちから)<普通以下>にされてしまうという)。
posted by らぶらどーる at 05:41| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

命への道

 死にたいという思いをいくら見つめても、
 つらさ苦しみが募るだけ。
 きちんと相手をしてあげながら、
 そこではない別のところの
 生きたいという思いを見つけ出し、
 大きくするのが命への道。

 (なのかもしれない。
 なんてことを、ふと思いついたのでした)。
posted by らぶらどーる at 05:17| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする