2009年10月31日

DVDレコーダー導入

 中古のDVDレコーダーを導入。色々使っているが、まあ番組チェックをするのが楽になった。
 なんといっても『王様のブランチ』のような長時間番組で特定のインタビューだけ見たいとかの時にすごく便利。
 これまではビデオデッキだったので、2時間長の番組とかだといちいち空いているビデオを探すのが大変だったのだ。
 その一方で頭を悩ませていたのがDVDに保存する場合のことで、なんといっても保存できる時間数が短い!
 画質を落とせばそりゃあ6時間とか入るけど、保存用という画質でもないし、かといってSPモードでは2時間しか入らないからこれまたきつい!
 なんて思っていたのだが、価格com.のうちの機種の口コミ掲示板を見ていると、2時間59分まではかなり綺麗に録画できる、と(どうやら3時間を越えると画質がワンランク、落ちるらしい)。
 で、さっそくFRで1枚に2時間48分ほど録画してみたら、許容範囲内の画質。これで一応、ビデオのダビングや、HDDからの録画・保存にもめどが立った(VHSビデオに3倍速で6時間録画っていってもたいていフルに入れていることはまずないし、CM等を適宜カットしたら2時間50分x2くらいにはなるだろう、と。それならDVD−R2枚分で済む、とまあ、こういうこと)。
 あと、普通に市販DVDの視聴にも使っているのだが、やっぱりPS2よりは画質がいいわ。
 てなわけで、何年か遅れで我が家にも文明の利器がやってきた、と、まあ、こういうことなのでした。

 (ちなみに、いちばん最初のHDD録画のときに、表示される空き容量を分+秒と勘違いしてしまい、EPで録ってしまったのはここだけの秘密)(考えてみれば、時間+分に決まってるよねぇ……)(おかげでACL川崎対名古屋第1戦の中村憲剛のスーパープレイがものすごく粗い画像でしか残らなくて、結局、消してしまった)(あれは綺麗な画像で残しておきたかったなあ……)(ま、最初はいろいろあるよね)。
posted by らぶらどーる at 18:26| 広島 | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

飛ばし読みができない人のために?

 基本的には本というのは最初から最後まで読まないと読んだとはいえないというか、それについての意見など言えないものではあるのだが、個人の楽しみとして読む場合には、何もそう四角四面に一字一句読む必要もなく、場合によっては自分にとって退屈なところを飛ばしておもしろくなりそうなところから続けて読むなんてこともあったりすると思うのだが、本を日ごろ読み慣れていない人は、これができないのではないか、なんて、ふと考えた。というか、やりたくっても、どこまで飛ばせばよいか目星がつけられないというか。
 たとえば、延々と説明が続くところで、パラパラッとめくって、説明が終わるところを探し当て、その続きから読むなんていうのは、ある程度、文章を読むのに慣れている人でないと、難しいのかも知れない。
 そこでたとえば、細かな説明文になっているところを電子書籍などの場合に明示しておけば、飛ばし読みなどに便利かなあ、なんて、ふと、思った。
 もっとも、それはそれで、いいかげんにしか読まない人を増やしてしまうことにもなりがちであろうし、難しいところではあるのだが。

 それと関連して、たとえばトルストイの名作長編小説『戦争と平和』のような、大人数の人物が色々と現れては消え、でもまた現れて――なんて話の場合、ある登場人物を指定すると、その人物にからむ場面だけを取り出して続けて読むことができる、なんてのもアイデアとしては面白いかと(場面場面の間に何があったのか――メインストーリーはどう動いたのか――は、状況説明として必要があれば、場面から場面に移るときに読めるようにする、とか)。
 もっとも、こちらの方もやっぱり種々の問題はあるだろうし、何より、このやり方に耐えうる書籍自体が少ないのではないかという気がしないでもないのだが。
posted by らぶらどーる at 18:18| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

官僚って、ちゃんとした数字を出せるんだろうか?

 表題のような疑問を抱いたのは他でもない。
 昨今の情勢によって官僚が目的に合わせて数字を色々と操作しているらしい(推進したい物のメリットを過大評価、等々)ということがなんとなく伝わってきているのだが、ここで私がいちばん気になっているのは、<色付きの数字しか出せなくなっているのではないか?>ということである。

 どういうことかというと、ちゃんとした数字を出せていて、それに後で色を付けていく方法をとっている場合、色を付けるのをやめさえすれば、きちんとした、検討の際に非常に参考になる数字の提供が可能となり、政策の立案・検討に多大な力を発揮することとなる。

 けれど、最初から結論(=意向)に合わせた数字を作ってきた場合、ちゃんとした数字を出すなんてことはやったことがないから、ちゃんとした数字を出せといわれても、出しようがない。「今回は、実行した方が有利っていう結論なんだから、これとこれとこれを使って、値が少し小さいから大きくして――」なんていってやっている者は、結論に合わせた<あるべき数字>を出すことに長けてはいても、検討資料として価値のあるちゃんとした数字を出すことはできない。

 もし、そうであるのなら、これはかなりめんどくさいことになるような気が――(というか、使い道(メリット、存在意義)がないよね、そうだとしたら)。
posted by らぶらどーる at 16:51| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

創作/小説 星の想い

 その恒星は輝いていた。
 炎は燃えさかり、星の寿命はまだ遠い先のことで、将来に何の不安もない。
 ただ、まわりにいるのは惑星だけで、恒星と惑星とはちがうものだから――ましてや衛星や小惑星なんて――星に仲間はおらず、ひとりぼっちだった。
 はるか遠くに同類は幾千も存在するが、そこまで動いていくことはできず――かといって向こうから来てくれるわけもなく――そもそも本当に近づいたりしたら、引き寄せ合って互いが互いの存在を維持できなくなり、一個の存在としては終わってしまう。
 なので、生まれた時から仲間と触れ合えぬことを前提に、星はこの後(あと)の長い年月を、ただひとり歩んでいかなければならないのだった。

     <了>
posted by らぶらどーる at 16:52| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小さなちがい(パソコンと紙のお絵描き)

 紙に色を塗るのはそこに力が生ずるが(染料なりがくっつくということは力が作用しているということ)、パソコン上でお絵描きをするのには力は生じない(白のデータが青や黄に入れ替わるだけ)(たぶん)。

 見かけが一緒だというのと内実が等しいというのとは別のことで、それを同じだと言ってしまうと鋭敏な感覚が失われてしまう。
 (一緒じゃんといわれていて実はちがっているものの間にそのちがいを感じ取るのがセンスというもの)。
posted by らぶらどーる at 03:55| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サッカー ゴール前の守備の基本(U-17日本を見て)

・相手に数的優位を作られない
・相手に数的優位を作られたときは速やかに応対して数的不利の状況を同数まで改善する
・なぜ数的優位を作られたのか分析して修正し、以後は同じタイプの数的不利の状況を作られないようにする

・相手のFW等の特徴や彼我の差(当たり、スピード、テクニック等)を早目に把握し、それを踏まえた上で決定機を作られないようプレイする。

 以上のどれひとつ出来てなかったのが今日の日本で(U−17 日本対スイス)、これでは負けても仕方がない(勝利に値するチームではない)。
 というか、そもそも、相手に数的優位を作られていることさえ把握していなかったっぽい。また、ベンチもその修正に動いたようには見えない。

 攻めは2試合で5点取ってはいるが、更なる向上が不可欠。それはやった選手自身が一番よく分かっていることと思うし、それぞれのチーム関係者も彼らがチームにもどったあと、口すっぱくして言ってほしいものだ。

 ちなみに、ワンツーで正面から抜けるのがひっかかるならば、ワンで当てたのをマイナスにもどしてもらってミドル、という手もあったような気もする。

 負けてる時こそ、みんなで盛り上げないと。
posted by らぶらどーる at 03:02| 広島 | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

WCCF 全チーム終了

 唯一終了していなかった綺羅シェフチェンコ・チームを終了させにゲーセンへ。なんやかんやで計18試合(えらく半端だ)。
 やる予定がなかったW4に参戦してしまい、引き気味の相手に準優勝とかあったが、もう辞める気なのでえらく心が広く、特に腹も立たない。RL1で7バック+OH+ウイング+CFのチームにも当たってズタボロにされたが、いちいちウイングに応対するのも面倒なので、ほっておく(ま、いちおうチャンスがあれば仕掛けたり、プレスボタンでボールを取りに行ったりはするが)。負けるのよりも応対の方がめんどくさかったら、別にわざわざ応対する必要もないわけで。
 とまあ内容的には振るわないながら、最後、単独参加のEPCで優勝したので、それをもって有終の美として、次の試合で辞任(オファーが来るかと思ったら来なかったけど、まァ、いいか)。
 で、そのまま終わろうと思ったら師弟関係選手が。前チームからついて来たシェフチェンコがまた一緒にやりたい、と。
 うーん、いつになることかねぇ……?(正直、シェフチェンコはもういいかなあ、という気がしないでもないわけでもないようなそうでないような……)。

 いちおう印象に残った選手としては、ブオナノッテとダゴベルト。いいときには軽くプレスをかわして振り向き、見事なボールコントロールでDHのラインを突破してシェフチェンコの裏に低いフライボール(→ダイレクトボレー→ゴール)。この2人が機能すると楽しいが、ドン引き相手にはややきつい。弱めのCPUチームとかとやると楽しくやれる。
 振るわなかったのはエシアン(特に綺羅にしてから)。私の使い方との相性なのだろう、白バネガと同じで、チェックに行くのだがボールは取れず、結果、いないのと同じ。かといって攻めに有効にからむわけでもなく、正直言って攻守共に貢献度が低かった。

 ……しかし、引きが18枚中14枚がダブりってどういうことよ……。
posted by らぶらどーる at 15:48| 広島 | WCCF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

数学に奇跡はない!?

 ドラマ『サムライ・ハイスクール』第2話を見ていたら、特別クラスの数学の天才とかいうのが出てきて、数学では解ける問題は解けるし不完全な問題はどうやったって解けないと決まっている、がんばったから奇跡が起きるとかは数学にはないんだ! みたいなことを言っていて(まあ、敵役(かたきやく)なわけだが)。で、本編とは関係なく、気になったことなど。

 この敵役の言い草は、典型的な将来頭打ちタイプだなあ、などと見たときに思っていて。
 というのは、彼の考える頭のよさ(才能)というのは、他の誰かが既に解き方を見つけてくれた問題を、その解き方を借用して効率よくミス無く解いていけるのが頭のよい人間だ、という発想で、その考えで数学の道を選んだりしたら、とんでもない悲劇が待っているような気がする(気がする、というのは、(断定していないのは)私が数学の専門家でないからなのだが)。

 数学の世界での才能というのは、まだ誰も解き方を見つけられていない問題の解き方を発見することができるのが数学的な才能があるということで。
 解き方の分かっている問題を解いてほめてもらえるのは受験数学まで(というか、まあ、教わる段階まで)。
 なので敵役の彼は数学の世界で活躍できる才能はおそらくなく、向いているのは受験用の講師なり教師なのだろうと思う(既に他の誰かが見つけている解き方を理解して、教えるのが仕事)。でもあのプライドの高さとエリート意識では、おそらくそんな<低い>立場には精神的に耐えられないだろうから、(あのままでは、将来、)精神を病んで家に閉じこもるか、家族に暴力を振るうのが関の山かな、と思った。

 ちなみに数学の問題に関していえば、解ける問題は解けるし、不完全な問題は解けないのは当たり前のことながら、誰も解き方を見つけていなかった問題の解き方を見つけるにはある種の閃きとでもいうものが必要で、それはある意味、奇跡といって過言ではないもののようにも思うのであった。

 なので、解き方の見つかった数学の問題に関しては奇跡は無いが、解き方の見つかっていない数学の問題を解くには奇跡が必要、という言い方もできるのではないか、なんて思ったのでした。
posted by らぶらどーる at 03:40| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲーム ドラゴンクエスト公式サイトのゲーム (10)

 特筆すべきこともないのだが、転職をしたので。

 前回、魔法使いでレベル8に到達したのち、戦士に転職したのだが、それも(気持ち早目に)レベル6に(やっぱり戦士は育ちが早かったりするのだろうか)。しかし、討伐アイテムはいっさい拾って来ず、したがって討伐率も新規に100%になったところはいっさい無し。なんか、とりあえず育っただけ、という印象だ(ちなみに調度品類も、留守番モンスターも、ほとんど増えず)。というわけで、まあ、毎回旅に出るだけのむなしい日々が続いているわけだが……。変化を期待して、レベル6になったのを機に、さっそく転職。新職業は、魔法戦士。男なのでかなりビジュアルが微妙だが、上級職をやってみたかったので、まあ、よしとする。というか、らいめいのけん+まかいのよろい(だったかな?)という凶悪装備をそのまま使える職業を探してたらこうなった、という気も……。で、さっそくレベル2になったわけだが、討伐アイテムや調度品類取得の低率はまるで変わらず、なんらの変化も無し。……このまま、ずうっとこういう感じなんだろうか……?
posted by らぶらどーる at 03:22| 広島 | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

書籍『動的平衡』を少しだけ立ち読み

 福岡伸一の『動的平衡』を少し立ち読み。
 最終章はなかなか感動的。

 しかし、形をとっているが常に入れ替わっているというのは、理解はできるのだけど、イメージが形になりにくい(生命というのは一つの個体のように見えるけれど、実際には各部(=全体)が、リアルタイムで新しいものへと更新されているのだということ)。なにか、いいたとえなり新規のモデルなりはないものだろうか。
posted by らぶらどーる at 17:40| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする