2009年09月30日

貼りまつがい

 最近閉店した店舗の前を歩いていると、ガラス窓の内側から貼り紙がしてあるのに気がついた。
 空き物件ということで連絡先の電話番号が書いてあるのだが、見やすくするために、紙一枚につき一文字をプリンターで大きく打ち出して、その紙を順番に貼ってある。
 できあがった文章がこちら。

 <お合問わせは×××−×××−××××へ>

 ……惜しい……!
posted by らぶらどーる at 14:45| 広島 | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書きまつがい

 とあるスーパーのトイレに入ったところ、貼り紙が。

 <火器を使用されますと感知器が作動します>

 ……惜しい!

 (火気:火の気(け)のこと
  火器:ピストルとかライフルとか)

 なお、火器を使用しても感知器が反応するのかは不明(するのかね?)。
posted by らぶらどーる at 14:40| 広島 | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

店の雰囲気ということ

 料理店(といっていいのか分からないけど)においては料理の味だけではなく接客や外装・内装なども重要な要素とはなりうるわけだが(もちろん、味を重視してあえて内装は気にかけないというところもあり、それは各店のポリシーのちがい/あらわれでもある)、五感に感じることが難しいがそれでもやはり重要な要素として挙げられるものとして、<店内空間の感触(雰囲気、たたずまい)>といったものが挙げられると思う。
 それは<目に見えないけれど確かにある>というもので、あるいは<無くなって初めてその不在に気づく>(「〜は永遠に失われてしまった……」みたいな)ものであり、ある意味、料理の味と同じくらい大切なものでもある。
 店によってはそういうのを気にして、いろいろと手を尽くすところもある。
 たとえば、あえてメンバーを限定することで、その店独特の(大切にしたいと思っている)空気を維持しよう/守ろう、という場合もある。もちろん、限定しない方がより多くの人がそこの店(の料理)を楽しめるわけだが、それは(それを守るためにどうするかは)ある意味、店の側の専権事項だと思う。
 そう考えると日本版ミシュランで一般客を対象としていない店までも掲載した(らしい)というのは、掲載した側が相当に文化レベルが低いといわざるを得ない。
 ミシュラン側の記者会見で、(掲載するなといってきた)店側は自信がないのか、みたいな発言をミシュラン側がしていたように記憶しているのだが、ミシュランは確かフランスだったような気がしていたのだが、どちらかというとアメリカ人に近い発想だなあ、などと感じた。
 おそらくは、<限定空間にのみ流れる繊細な空気感の感触>というものを味わったことがないか、そもそも味わうだけの感性に欠けているのだろう。
 フランスもアメリカみたいになっちゃったのか、それとも私がフランスを買いかぶりすぎているのか、あるいはミシュランの内実がアメリカそのものになってしまっているのか、それとも他になにか要因があるのかは分からないのだけれども、少しばかり残念な気のしたニュースなのでありました。
posted by らぶらどーる at 09:49| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

歌を愛する人の歌

 歌を食べ物(心の栄養分)だとするならば歌を愛する人が歌う歌を聞く(聞かせてもらう)ことは、その人の歌への愛情をも食べている(食べさせてもらっている)ことなのかなあ、などと思ったりした。
posted by らぶらどーる at 09:21| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月29日

創作/詩 命と未来

 命は いつか 消える もの
 未来 永劫 続かぬ もので
 けれども未来を作るのは
 それとも 或いは縛るのは
 今の命が 為すことと
 為さぬこととに あるのです。

     <了>
posted by らぶらどーる at 22:06| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モード

 最近の悪魔はやさしい顔と友達のフリをして来る。
posted by らぶらどーる at 14:52| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自由さのもと

 空想の羽根が自由なのは重さがないせいかもしれないなあ、と、ふと思った。
posted by らぶらどーる at 14:44| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月28日

創作/詩 重さと軽さ

 質量のない 幻は
 本とに軽くて 速いから
 全てがそのよに 行かないと
 違和感感じて 耐え切れず
 突発的な 行動に
 出てしまいがちな ものなので
 たまには 質量あるものを
 動かしてみて 手応えと
 かかる時間を 計りましょう
 それが心に 留まれば
 軽さが元の 暴発は
 離れてくれる ことでしょう

     <了>
posted by らぶらどーる at 21:40| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マネードーパントはフェアだったのか?(仮面ライダーW)

 特撮ドラマ『仮面ライダーW』第(3、)4話に登場した敵の怪人、マネードーパント。秘密カジノ<ミリオンコロッセオ>を主催する彼は、吸い取った客たちの命を賭けて主人公たちとギャンブルの勝負をし(ルーレット→ババ抜き)、敗れるわけだが、その時の勝負の仕方が、イカサマなしのフェアなものに見える。
 しかし、ここだけを切り取って、そうと判断するわけにもいかない。

 そもそもこのミリオンコロッセオとはどういうところなのか。
 本編中に説明はないが、おそらく、最初から客の命を吸い取ることが目的でやっているものと思われる。ということは、

1・イカサマでわざと勝たせる
2・抜けられなくなったところで大勝負のチャレンジャーに選ぶ
3・最初勝たせて、それから一気に一文無しにする
4・命を担保のラストチャンスを与える
5・負けた客から命を吸い取る

 ということで、おそらくは、

・客をハマらせるため、意図的に勝たせる
・客に負けるための仕込みのサクラを用意

 といったことが日常的になされていたのであろう。
 また、主人公たちの勝負に際し、一般客を帰らせたことにも疑問が残る。
 貸し切り状態にして、さしの(一対一の)勝負というのはあることだが、今回のケースでは立会人がいない。すなわち、勝負がどうなろうと、(マネードーパントの力を使えば)あとでどうとでもなる。もちろん腕に覚えがあり、負けるとは思っていなかったろうが、負けたとしても対価を素直に与える気はさらさらなかったのではないか。
 (人間体での勝負の時に、鏡に映った後ろ姿がマネードーパントのものになっていたのは、マネーのガイアメモリーの力をひそかに使っていたことの暗示なのかどうかは微妙だが)。
 そう考えてくると、負けても大丈夫だからこそあえてフェアーな勝負に徹してみた、といった見方も可能なような気がしてくるのであった。
posted by らぶらどーる at 14:36| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

秋のナナフシ

 洗い物をして食器を拭いて棚にしまって、さて、と思ったとき、ふと目が食器棚の下へ行くと、なぜか床から食器棚に寄っ掛かっているナナフシが。
 えーと……ここ、家のなかだよね? と、一瞬の思考停止。
 しかしナナフシがいるのはまぎれもない事実。
 さあ、どうするか。
 一瞬、放っとこうかとも思ったが、ナナフシがこのまま移動して冷蔵庫の上とか裏とかに入り込んでも嫌(や)だしな……と、却下。
 かといって殺すのもあれだし、ここは窓から外に放り出すというのが穏便なところだろう。
 しかしここにひとつ問題があって……実は私、虫はそんなに好きではないのだ。
 当然、過去にナナフシを触ったこともなし。
 なので、つまもうとした際に、どういう挙動に出るか、全く予測がつかない。
 びょ〜ん、なんて跳んだらどうしよう?
 と思いつつ時間だけ無駄に過ぎていったのだが、さすがにこれはいかんということで、一念発起してティッシュを取る。
 ティッシュごとナナフシの胴体の下の方をつまむと、実におとなしく、いいなりになってくれた。
 で、そのまま窓を開けてナナフシを外へ。
 さささっと網戸を閉めて外を見ると、ナナフシはまだその場にたたずんでました。
 今はどっかに、行ったのかなあ……?
posted by らぶらどーる at 19:16| 広島 | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする