2009年04月30日

創作/小説 最高級ボディー (1)

 「息子は本当にスターになれるんだろうな」
 私の問いに白衣の男は穏やかな表情で包み込むように答えた。
 「もちろんです。
 予備検査の結果、お子さんの体はサッカー選手に最適と判断されました。俊敏性、強靭さ、脚力、その他すべての項目において、最高レベルの適性を示しています」
 「任せて……だいじょうぶなんだな」
 「ご安心を。我々は肉体改造に関しては、国内トップランクです。かならずやお子さんを最高級ボディーの持ち主にしてさしあげますよ。ただ、それにはですね――」
 「金ならある。それでわざわざ来たんだからな」
 スポーツくじに当たった6億円。これを元手にすれば、たいていのことは可能だろう。
 「わかりました。それでは契約書にサインを――」

 8年後。息子は無事、Jリーグのチームに入団を果たした。本当はヨーロッパのトップリーグのチームに入団させたかったのだが、なぜか断られてしまったのだ。

 「どういうことだ。なぜ息子はヨーロッパのチームに入れない!?」
 「日本人のサッカーに対する信頼が低いのでしょう。能力的には入団した選手たちよりも明らかに上です。
 ご安心ください。
 たとえJリーグでも、活躍し、日本代表で結果を残せば、かならず一流クラブから誘いが来ますよ。
 なんといっても息子さんの体は、サッカーのためだけにあるようなものなんですから」

 6年後。息子はまだ日本にいた。
 Jリーグでも試合に出れたり出れなかったり。
 日本代表なんて、夢のまた夢だ。

 「どういうことだ!」
 そう言ってねじ込もうと思ったが、どこかに雲隠れしたあとだった。

 (一個下に続く)
posted by らぶらどーる at 17:26| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

創作/小説 最高級ボディー (2)

 (一個上からお読みください)

 後日、一通の手紙が届いた。

 <息子さんの能力は、明らかに世界トップ5に入ります。最高級ボディーであることは間違いありません。
 しかし残念ながら、頭脳としては三流以下のようです。
 体と頭脳とは、F1のマシンとドライバーの関係です。
 我々は最高のマシンを作り上げましたが、ドライバーがそのスペックについて来れなかったということです。
 しかし我々の務めはあくまで最高級のボディーを作り上げること。そのことに関しては大成功だったと自負しております>

 私は手紙を破り捨て、空を見上げて嘆息した。
 (きっと世界中に、私のような目にあっている人が、数限りなくいるんだろうなあ……)

 5年後。息子はサッカーを引退した。最後までレギュラーは取れず、これといった成績を残せないままだった。

 2年後。息子はフィジカル・トレーナーとして新たな人生のスタートを切った。
 私はもう、彼に干渉はしない。息子自身の人生を生きて行ってほしいのだ。

 4年後。息子は結婚した。以前には見られなかったような笑顔を、時々見せるようになった。

 (これでよかったのだろう)
 私は思った。
 (もっと早くに気づけばよかったのだが)

     <了>
posted by らぶらどーる at 17:25| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去の一点物と現代のレア物

 レア物といっても、過去の彫刻等のような本当の一点物と、生産数をわざと抑えてあるだけの作られたレア物とでは、天と地ほどもちがうような気がする。
 前者は価値の創出だが、後者は値段を吊り上げているだけみたいに見えるのは気のせい?

 単なる(確定した)商売上のテクニック(を当てはめてるだけ)なんだから(そんな深刻に考える必要はないだろう)、という向きもあろうが、行き詰まった時にはそういう基本的なこと(ほんとはちがうんだけど<同じ>として処理してきたこと、そういうものなんだからと深く考えずに来たこと)などを見直してみるのもよいような気がした。
posted by らぶらどーる at 15:38| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月29日

あるものないもの

 あるものを
 ないとすれば、
 全てが狂っていく。
 ないものを
 あるとすれば、
 全てが終っていく。

 あるものを
 あるとし、
 ないものを
 ないとすれば、
 全ては始まってゆき、
 全ては正されていく。

 (なんとなく浮かんだフレーズなので、そう気にしないでください)。
posted by らぶらどーる at 16:58| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無題

 <奇跡>は、<場>とか<人>とかというよりも、<時>なのかなと思った。
posted by らぶらどーる at 16:53| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月28日

WCCF 最後に快心

 07-08全白チームで7クレ。FMx6、RL1x1。全てCOM戦。
 7戦目の布陣はこんな感じ。

GK:ティメル
DF:マルセリス/カセレス(後)/アルビオル(前)/フィナン
CH:ルーカス/ガブリ
OH:アンデルソン(Man.U)
WG:レナチーニョ/ダトロ
CF:ソウザ

 CTの裏だったのでチーム強化にひたむこうと思ったら、まあ勝てない。とにかく最終ラインがザルでボッリエッロあたりに抜かれまくる。かと思えば中盤でパスカットされまくったり。チームを色々いじるも、どうにもならないうちに5クレ終了。
 これはあんまりだということで2クレのみ延長。1クレ目のFM、ダトロを右に使ったら割とよかったので、そのフォーメーションでシュート練習。
 RL1の相手(リーグ2戦目)はどこかと思ったらレアル・マドリード。
 おいおい……。
 まあRL1だからしょうがないとはいえ、バイヤー・ハベルラントあたりにボロボロにされたうちのチームにどうしろと……
 と思いかけたものの、<いや、最初から結果を決めることはない!>と踏みとどまって、いざ、試合に。
 すると直前のシュート練習が効いたのか、明らかに、まるっきり、動きがちがう。開始早々、右WGに速いパス>ダイレクトで左WGへ>切り返しからすり抜けてGK1対1、シュート、ゴール! ボタン、何も押してないのに(あ、もちろんシュートボタンは押したけどさ)。
 自チームのあまりに早い得点にあっけにとられる私。
 猛攻はさらに続き、ダイレクトのパスとドリブルで攻める、攻める。あっという間に3得点。
 しかもまったく止められなかったはずの守備が、ラウールやらファン・ニステルローイやらを止めまくる。なんだ、こりゃ。
 後半、追加点こそ奪えなかったものの、スコア3−0、シュート数7−0の圧勝で最後の最後に快心の勝利。気分よくゲーセンをあとにしたのであった。
posted by らぶらどーる at 12:53| 広島 | WCCF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大げさな奇跡、ありふれた奇跡

 奇跡には<大げさな奇跡>と<ありふれた奇跡>とがある。
 <大げさな奇跡>とは、<不治の病が治ったとかそういうもの>で、<ありふれた奇跡>とは<日常に潜んでいるごく小さな(しかし本質的には大げさな奇跡と何も変わらない)奇跡のこと>である。
 書籍『昔話の本質と解釈』の[第一部 第十章 文学における奇蹟]の前半部によると(これは主にヨーロッパのみを念頭に置いて書かれているものなのだが)、かつて文学作品においては、主人公が黄泉の世界に赴くといった大げさな奇蹟が多出していたのだが、ゲーテの頃にその風潮に反対する運動が始まり、18〜19世紀には風向きが変わって、

 「平凡な運命やわれわれの目の前にある自然がそもそも神秘と奇蹟に満ちている。」
(同217ページ)

 へと認識が変わってきたのだという。
 そして、

 聖者伝の奇蹟、昔話の奇蹟、英雄の奇蹟を喜ぶ気持ちに代わって、出会い――人との出会い、自然との出会い、運命との出会いを奇蹟と感じとる心の働きが登場する。
(同219ページ)

 大きな奇跡、ありえないことが起こる奇跡というのは確かに魅力的で大勢の人を簡単に惹きつけやすいが、そちらにばかり注目が集まっていると、日常生活の軽視、日々実際に生きている市井の人々への侮蔑といった悪影響が出やすいように思われる(これは今の話ね)。また、自分に関するいわれのないコンプレックス(本当は感じる必要などない劣等感)を感じる人も出てくるのではと思う。
 同一作品の中にこの2種の奇跡は共存できないと思うのだが(どちらかにしぼって描くしかないと思う。でないと、傾向が定まらない)、(各々が作り出す)創作物全体として、2種の奇跡がバランスよく含まれているといいな、などと思ったのであった(後者だけだと華がないし、ね)。
posted by らぶらどーる at 01:59| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月27日

まことの王といつわりの王

 書籍『昔話の本質と解釈』(マックス・リューティ:著 福音館書店)の222〜223ページに、悲劇『マクベス』を例にとって、奇蹟とまことの王について書かれているところがある(『マクベス』とは、裏切りと悪によって王位を不当に奪い取った主人公マクベスが、徐々に追い詰められていく話。シェイクスピア作)。
 以下、引用。

 奇蹟は神の力を示すためにあるのではない、少なくともそのためだけにあるのではない。奇蹟には仕合せを作り出す役目がある。イングランド王の病を癒す力は、この人がまことの王であることを証している。(中略)まことの王は国民にとっては救世主であるだろう。だからイングランド王が病人を治す光景は、この人がまた国の傷を癒す使命を帯びていることをありありと示しているわけである。これに反してマクベスは自分の国に傷を負わせるばかりである。(中略)マクベスは人を癒すかわりに殺し、建設し秩序を立てるかわりに破壊し、国を混乱に陥れ、ついには自分も混乱のうちに滅びていく。(中略)闇に輝く光、これがこの世における奇蹟の意味である。
(222〜223ページより)

 劇中で王位の簒奪者マクベスと王位の正当な継承者イングランド王とをくらべていて、それを念頭において著者であるリューティはこの文章を書いているわけであるが、劇中でイングランド王が不治の病と思われた病人を癒したという逸話が語られており、これはキリストが病人の病を癒したとされる逸話と重なるところから、引用文冒頭の文へとつながっている。
 正当な王であるイングランド王が病を完治させるという奇蹟をなしたことから(事実かどうかはここではあまり関係がない。もともと、フィクション上の作られた逸話である)、国の病を癒し、正常な状態へと導いて救うのがまことの王である、という話で、王位をアンフェアに奪って王座についているに過ぎないマクベスが、国を救うどころか混乱へと導き、自らもともに滅びていく姿と対比させて、まことの王といつわりの王とのちがいをリューティは語っているわけである。

 まことの王は国を癒し(救い)、いつわりの王は国を傷つけ(滅ぼす)、といえば、分かりいいか。
posted by らぶらどーる at 20:03| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小さなことで好印象

 最近近くにオープンした大規模商業施設に行ってきたのだが、関係者と思しき背広姿の年配の男性が、従業員用出入口から入る際、周囲に誰もいないのに一礼していたのを見て、なんとなく好印象。
posted by らぶらどーる at 17:48| 広島 | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

創作/小説 ドクター・モーローの島 (補)

 (2009/04/22の『ドクター・モーローの島』(1〜3)のエピローグです)

 工藤敬介の体が朝日の中で灰になったのを見届けると、ミカは施設にもどり、博士の部屋に行った。
 博士はもう亡くなっているが、部屋のなかは生前そのままに保たれている。
 博士のデスクの前でミカは静かにこう言った。さきほど工藤に見せたのとはまるで違う、とても穏やかな表情で。
 「博士。
 あなたは間違いなく、吸血鬼を創造されました。
 博士の偉大さは、これで完全に証明されました。
 これから博士の御遺志に従い、吸血鬼たちとこの施設を焼却いたします」
 ミカは吸血鬼たちが眠る部屋に行き、部屋に火を放った。
 それから博士の部屋にもどり、研究に関するデータを全て処分した。
 全てを処分したという確認が終わるころ、ミカのいるこの部屋にも煙が回ってきた。
 ミカは目を閉じた。
 もう思い残すことはない。
 彼女は最初から、この世に未練はなかった。
 嫌なもの、醜いものを見過ぎて、何も期待しなくなっていたのだ。
 博士に出会ったのは、そんな時だった。
 博士は発想も人格も異常だったが、心はきれいだった。
 だからミカは、せめて博士がその願いを全てかなえるまでは生きていようと心に誓ったのだ。
 しかし、それももう、全て終わった。
 自分が造り出したのが真正の吸血鬼なのかどうか。それが死の間際まで博士が知りたがっていたことだった。
 その願いがかなえられる前に、博士は逝ってしまったのだ。
 薄れ行く意識のなかでミカは思った。
 (博士。あなたの研究の正しさは証明されました。
 あなたは正しかった。
 あなたは真に偉大でした。
 あなたのいない世界に、もう未練はありません。
 私は自分の行くべきところに行きます)
 炎が部屋中を包み込んだ。

     <了>
posted by らぶらどーる at 12:34| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする