2009年03月31日

サッカー 日本対バーレーン

 南アフリカW杯アジア最終予選・5試合目。

【総評】
 集中し、財布の紐を堅く締めた日本からは、バーレーンは得点を奪うことはできない。
 CBが日本のFWを抑えても、MFの差(=セットプレー)で日本の勝ち。
 スコアは1−0だが、バーレーン側から見て、あの日の日本相手に1点取るのは難しかったように思う。
 日本は守備は安定してきた。攻撃は、攻めたいという意識はあるが攻め方で今ひとつ機能せず。ただし後半の得点後はいいシーンをいくつも作ったが、追加点が入らなかったことが悔やまれる(内田のバーを叩いたシュートとかは、玉田のドリブルからノールックパスもよく、もし得点が決まっていれば、最近の日本代表での快心(=会心)のゴールになっていたろう)。

【攻め方】
 選手が走り込むスタイルなら、

・ななめに入る選手に縦に合わせる

 か、

・縦に入る選手にななめに合わせる

 かを意識してやる方がよいのでは、なんて見ていて思った。

 ななめに入る選手に縦に合わせるのは、たとえば前半3分の田中(達)のオープニングシュート。
 外からななめに入る田中に大久保が縦にパスを合わせた展開でシュートまで持っていった。
 縦に入る選手にななめに合わせるのは、あんまりいい例がないが、こちらもアリだと思う。

 あと、相手ラインが高くなった時は、FWはちゃんと相手のラインを見ていないと(オフサイドさえ取られなければ、いくらでも飛び出しが効くのだから)。

【守備】
 守備はよく集中しており、うかつなミス(=不用意なプレー)もほとんどなく、安定していた。バーレーン、PA内でのシュートはほとんどなかったのではないか。

【選手の並び】
 4−2−3−1の3の部分に関してだが、チャンスになった場面などを見ると、左から中村(俊)/大久保/田中(達)の方がよいのでは、なんて思う(ただ、この場合、内田のサイドのMFのもどりがどうか、という問題になるが)。
posted by らぶらどーる at 06:09| 広島 | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月30日

消費の落ち込み

 企業の宣伝に乗せられて、奮発して新製品を買ったって、もつのはせいぜい半年、よくいって1年。2年も経てば「まだ、そんなの持ってるの(呆)」と笑われる(品質ではなく、すごいものという評価が1年くらいしかもたない)。そんなもの、わざわざ大金はたいて買うわけないじゃない。
posted by らぶらどーる at 13:24| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

岡田恵和氏に思う

 岡田恵和氏といえば、ドラマ『南くんの恋人』(旧=武田真治版)、『イグアナの娘』、『ちゅらさん』などで知られる脚本家なのだが、氏が担当したドラマ『銭ゲバ』の最終回を踏まえて、岡田氏に送りたい言葉がある。
 (私自身の言葉ではないけれど、氏にぴったりだと思ったので、紹介させてもらう)(といっても、読んだのは20年くらい前で、かなりのうろ覚えなのだが)。

 たしか、作家の小久保均氏か八木義徳氏に師事していた人が書いていたと思うのだが、かつて氏にこういうことを言われたことがあるという。

 あなたの作品は甘い。
 その甘さは、あなた自身から来るもので、一生、直らない。
 ただ、その甘さを良質なものにしていくことはできるはずだ。

 この言葉を送りたいと思ったのは、つまりは私は、岡田氏は甘いと思っているからで。
 かつての『南くんの恋人』(旧)の連ドラ完結後に作られたスペシャル版で死人を生き返らせてみたり、そしてまた今回の『銭ゲバ』最終回でもそうなのだが、氏は(作品内で)シビアなことをシビアなままにしておくことに耐えられないように見受けられる。
 この、シビアな視線を持ち続け得ないということが、甘いということで、だからこそ、シビア目線が前提なはずの『銭ゲバ』の最終回に関して私は酷評したわけだが、しかし、本人の資質というものがある。
 もし本当に本人に甘さがあるのであれば、それをなくそうと無駄な努力を続けるより、先の言葉にある通り、良質な甘さをめざすべきではないか。
 良質な甘さの解釈にもいろいろあり、それはもちろん個人で考えればよいことなのだけれども、たとえばドラマ『アルジャーノンに花束を』で学会で学者たちが主人公の様子を哄笑するさまを映して主人公への同情を誘うといった姑息な手を使わなくても<安心なラスト><心温まるラスト>につながるような腕を身につけるといったことも、そのうちに含まれるのではと思われる(ちなみに『アルジャーノン〜』の原作(短編・長編とも)を読んだことがある身から言わせてもらえば、あれもまた、氏が担当すべきではなかった作品といえると思う)(最後の展開に耐えられないのであれば、そもそも担当する意味がない)。
 氏は(他の作品をねじ曲げたりせず)氏(本来)の花を咲かせてくれることを期待するものである。
 (なんかえらそうになってしまい、申し訳ありません)。
posted by らぶらどーる at 18:47| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<美・我・空>の個人的解釈

 先週のTV『ミュージック・ステーション』でたまたま見た剛紫こと堂本剛の歌唱が印象に残ったので、ホームページに行ってみた。
 で、どうやら<美・我・空(=my beautiful sky)>というのがポイントというか、キーワードらしい。
 で、この言葉の意味するところのものを自分なりに考えてみて、こういうことなのかな、と思った。

 人(ひと)、皆(みな)、己(おの)が空(そら)を持ち、
 それぞれの空は、それぞれに美しい
 (ま、勝手な解釈ですが)

 で、合ってるかどうかは別として、あんがい、このイメージが気に入ってしまい、なにか<個人の復権>というか、<すうっと胸のうちが広がる広がりのようなもの>を感じたのでした。

 (関係ないけど同日のステージでは、Perfumeの歌のセットというか、エフェクトがすごいね)。
 (Perfumeのセットは、先のNHKのTV『春うた2009』でもすごかったけど)(上から見下ろした時の感じが特に)。
posted by らぶらどーる at 18:16| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月28日

世界と生きている世界

 (世界というものの)基本構成要素というか、そういうものについて考えてみたのでなんとなく。

・世界とは空間である。
・世界の存在を保障するのは、その空間の維持を可能とする構造である。

 命無き世界なら、上記2点で足りる(と思う)。
 世界とは、侵食されない広がり/保障された空間であり、それを存続させるには、その空間の維持(侵食されないこと、消えないこと、潰れないこと/潰されないこと、崩れないこと、等々)を可能ならしめる構造が必要となる。
 しかし上記の2点だけでは、命ある世界は保障されない。

・命ある世界にはエネルギー源が必要である。
・そして同時に、命が存続できる範囲にエネルギーをコントロールする仕組みが必要である。

 太陽のように、なんらかのエネルギー源(エネルギーを与えてくれる源)がないと、命は存在できない。
 太陽からの放射線を遮断する磁場(でしたっけ?)のような仕組みがないと、エネルギーが直撃して、生命は存続し得ない。
posted by らぶらどーる at 17:31| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍 猿人合戦

 (不羈 渡・著 碧天舎・刊)

 (タイトルは<さるひとかっせん>と読みます)。

 猿によって生活を脅かされるようになった村人、村人によって生活を脅かされるようになった猿。両者の対立は決定的なものとなり、そして――な話。以下ネタバレあり。

 2006年3月に倒産した、自費出版・共同出版で知られる碧天舎の本ということで、おそらく自費出版か共同出版のどちらかなのだと思う(巻末の著者略歴によると、趣味は意見募集への投稿等とあるし)。
 ま、そういうことを無視して、話だけを見ると、基本的にものすごく分かりやすい話である。著者の主張がものすごく明確に出ている。なお、文章自体はちゃんとしていて、読みやすい。
 要は人間による環境破壊が猿との対立を生み出し――みたいな展開で、話自体には大してひねりはなく、そういう意味で分かりやすく、すらすらと読める。
 展開はある意味バレバレだが、そんなところに頓着しているふうはなさそうだ。
 あとは魅力があるかどうかだが、ここがややつらいか。
 いわゆるキャラクター的な魅力はほとんどなく(ストーリーの進展のためにのみ存在)、ラストに持っていくために意図的な展開もある(罠の一ヶ所だけ安い素材を使ってしまい――となれば、あとの展開は分かろうというもの。また、猿たちが異様に賢いのも、客観的に見ると、うーん、という印象は否めない)(ちなみに、<合戦>というタイトルになっているが、取り立てて派手なシーンがあるわけではない)。
 基本的には<順当>な話、といったところ、か。
posted by らぶらどーる at 16:44| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍 という、はなし

 (吉田篤弘・文 フジモトマサル・絵 筑摩書房・刊)

 フジモトマサルによる、筑摩書房のPR誌『ちくま』の表紙イラストに、吉田篤弘が、それにインスパイアされたショートストーリーを付ける。同誌2004年1月号から2005年12月号まで行なわれた、このユニークな合作を、一冊の本としてまとめたもの。以下ネタバレあり。

 歌の世界の作詞作曲では、曲が先にできていて詞をあとから付ける場合を曲先(きょくせん)、その逆を詞先(しせん)というが、この場合にはイラ先(いらせん)か。
 なんだか不思議な話が多いなと思っていたら、あとがきで、そういうことだと分かって、ビックリした。
 話によっては、やや苦しまぎれのものもあるが、比較的楽しめる内容になっている。
 少し不思議なタッチの、エッセイ風ショートストーリー集といった感じ。
 なぜか毎回、動物が主人公のフジモトマサルによるイラストは、少しばかり孤独で愛嬌があり、イラストメインで楽しむという方法もあるように思う。
posted by らぶらどーる at 02:59| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

書籍 眉村卓の タイムマシン

 (H.G.ウェルズ:原作 眉村 卓:著 講談社:刊)

 過去の名作を現代の作家が翻案するというコンセプトのシリーズの一作。
 ウェルズの超有名SF小説『タイムマシン』を、『ねらわれた学園』『なぞの転校生』などで知られる眉村卓が翻案。以下ネタバレあり。

 ウェルズの『タイムマシン』は全訳版を読んだことがあるか微妙なので、どの程度忠実なのかは分からないが、書かれた年代を反映したややクラシカルなストーリーを、眉村氏らしい冷静かつ淡々とした文章で表現している。

 内容は主人公の思索(未来社会に対比しての社会制度等についての)が多く、(おおげさにいうと)ハリウッド映画に失われたものを感じ取ることができた。
 また、アクションシーンにあたるところでの、感触の気持ち悪さの表現もよい。
 冒険小説的でもあり、ウェルズはイギリス人だというのを思い出した。
 ラスト近辺に出てくる超未来の光景はやや平板にも思え、すこし個人的に残念な感もあり(思想や哲学の反映がないように見えるのが原因か?)、最後のまとめ方はこれまたどうかと思わないこともないが、前半から中盤にかけてはなかなか楽しめる。
 最近の作品なら、あっさり解説役が出てきて、「実はこの世界は、過去にこういう出来事が起こったせいで、こんなことになっているのです」みたいに全部説明して俯瞰図を提供し、あとは原因を取り除く(悪い奴をやっつける)だけ、みたいな展開が多いと思うのだが、この作品の場合には、<(未知の)世界に迷い込んだ個人は、おのれの目に映るものをもとにして、その時々での不完全な解釈を作り上げるしかない>という作者の考えが反映されており、まだるっこしいといえばまだるっこしいが、ある意味リアルでもあり、また、現代作品に慣れた目には新鮮でもある。

 というわけで、普通に楽しめる一品でした。
posted by らぶらどーる at 15:50| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ 1分半劇場 参議院議員候補マミ (1)

 (深川栄洋/野口照夫・監督 山崎真実・主演)

 TBSの深夜にゲリラ的に放送された、一本1分半の連続ミニドラマ。日本の法制度に<健康の義務>を追加すべく、立候補を思い立った主人公・谷崎真実(役名。山崎にあらず)が、なぜか彼女をつけねらう謎の宇宙人2人組と遭遇しては撃退するというコミカルなストーリー。前80話中20話を収録。特典映像多数(製作発表記者会見、撮影風景、等)。監督は共同ではなく、1つの回は1人で担当。以下ネタバレあり。

 変わった設定のコミカルな展開のストーリー。山崎のアクション(?)もあるがそれはメインではなく、中心はコメディー。
 1分半は確かに短いが、基本的には一話完結で、ちゃんとオチている(まあ、オチ方にもいろいろあるが)。
 しょうもないといえばしょうもないが、ある程度は楽しんで見れるのではないか。
 (しかし山崎、足、細いねぇ)。
posted by らぶらどーる at 15:33| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

ドラマ ザ・プロローグ ぬくみ〜ず7 『北京飯店』

 (高木健太郎・監督 温水洋一・主演)

 DVDにて視聴。

 プロローグだけを7つ作り、ファン投票で選出された作品のみ本編を作るというやり方で作られた<本編>ドラマ。とある町に現れた、温水洋一演じる男。人畜無害なおっさんかと思いきや、実は凶悪な殺し屋!? しかし、この話にはまだ裏があって――な話のアクション物。以下ネタバレあり。

 温水洋一が殺し屋という意外な設定が結構はまっており、いい感じに仕上がっている。ただ、ストーリー的にいうと、これこそがプロローグだろう、という気がしないでもない。
 ヒロインの山崎真実が好演。以前にくらべ、生き生きと演技をしており、また、感情の変化や別のキャラクターなども、きちんと演じられるようになってきている。欲をいえば最後に派手なアクションシーン(じっくり見せる立ち回り)がほしかったところ(アクションもできる子なので。『ペルソナ』とか、『ボウケンジャー』とか)。
 森下悠里が演技的にはもうひとつか。表の顔はいいのだが、裏の顔のときの決まり具合が今ひとつ。
 主な出演者がみんなちゃんと演技しているので、残念ながら加藤綾子(フジテレビ・アナ)はミスキャスト。(演技ができないぶん)表面でとりつくろうしかないし、それはある程度はやれているのだが、演技の内実がないのがバレバレ。まあ、(ドラマの)内容が本格的に振れ過ぎたということか。
 終わり方は別として、緊張感を持って見れて、割と楽しめた作品でした。
posted by らぶらどーる at 04:00| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする