2009年01月31日

ドラマ キイナ-不可能犯罪捜査官- 第2話感想

 最後で泣かせるものの、謎解き部分でややあっけなさが残った感もある第2話、結局のところ、謎解きを警察で刑事たちを前にやったのがよくなかったのかな、と思う。
 今回で隠しテーマとなり、最後の泣かせるシーンへとつながったのが、<ただ謎をとくだけでは事件は本当に解決したとはいえない(特にこのケースでは)>ということ。ドラマ内でも表現されていたが、ポルターガイストや憑依の説明がついたからといって、それで川島海荷演じる妹の心が救われたわけではない。しかしそれは、刑事事件ではもはやなく、家庭・家族に関わる問題。そこで、こういう展開では?

0・本を読むキイナ(本編と同じ)(爆睡へ)
1・あの家で家族を前に謎を解くキイナ(他にはタケル(=平岡)だけ)
2・謎が解けてほっとする両親だが、妹の表情は変わらない(心の痛みを表現する、悲痛な叫びとかあるといいかも)。
3・事件は解決したものの、なんだかすっきりしないキイナ。ハッとあることに気がついて――(以下、本編と同じ)

 とすれば、徹頭徹尾、家族の物語となり、<(刑事)事件としては……>といった違和感・疑問を感じさせることなく、ヒューマンに特化した1エピソードとして印象に残ったのではないかと思うのである。
 (つまり、話の中心=最終的に解決されなければいけないテーマが<妹の心>なのだから、ということ。警察で謎解きすると、刑事事件的にどうかが中心と見られてしまうので、そこが違和感・拍子抜けのもとになったのではないかと)。

 キャラ同士(レギュラー)のからみはだんだんよくなっている印象。
posted by らぶらどーる at 12:10| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月30日

議論について

 相手の言うことにケチをつけることしか知らないと、創造的な議論はできない。
 それでは新しいものは生み出せない。
 既得権益を守るためか、あるいは他人が持っているなにかを奪うためのテクニックでは、決して生み出せないものがあるのだ。
 そういうもの(上記のテクニックでは生み出せないもの。いまだこの世には存在しないが、その存在が必要とされるもの=その欠落・不在が現在の災いを招いているもの)の発見・創造が要求される状況下において、上記のテクニックはまったく無意味である。むしろ議論の方向性を失わせ、創造性をなくしてしまい、害ばかりが目立つようになる。
posted by らぶらどーる at 03:30| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

『AERA』の養老孟司氏の文に思う

 雑誌『AERA』を立ち読みしていたら、養老孟司氏の文に目がとまった。
 現在の日本の苦境も、戦争中を知る者から見ればまだマシ、といった感想なのだそうだ。
 しかし、これにはどうも同意しかねるところがある。

 当たり前のことだが、現在の日本は戦争をしているわけではない。
 戦争中でないにもかかわらずこのような状況になっていることが問題なのだ。
 単に状況が大変かどうかを見比べるだけでは、見失ってしまうものがあるように思う。
posted by らぶらどーる at 18:09| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月28日

空を見上げる

 なんだか風邪で、朝からふらふら。それでも買い物に行った帰り、さすがにつらいので、道端にあった自販機でリアル・ゴールドを飲んで、最後の一滴を飲み干そうとグッと顔を上げたら、真上に見える空に白い雲が静かに流れているのが、なんだか遠い世界の話のように感じられて、不思議な感覚であった。
posted by らぶらどーる at 14:40| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

ドラマ Q.E.D.証明終了 第3話感想

 学園祭で殺人のない回という話を公式BBSの書き込みで聞いて、録画してみた。
 すごく脇が甘いような気がするけれど、これはこれで悪くない(笑えるシーンもあるし)(「おおー」「意外とまともなことを言った」とか(うろおぼえですが))。

 気になったのは最初の方、ドクロが描かれた不気味な看板が映るシーンで、「何、この看板……1?」みたいなことを言っているのに、カメラは看板下部の<探偵同好会>という字を画面の中央に映してしまっている。ここは上部のドクロを中心にすえるべきなのでは?(そのあとすぐ、探偵同好会ということは分かるわけだし)。

 高橋愛、声を荒げるところが(体格(の小ささ)をカバーするためなのか)やや一本調子。カメラワークでカバーするのもありか?
 (階段に立って竹刀で床をドン! とやって皆をシメるところ、下からのあおりで撮るとか)。
posted by らぶらどーる at 15:44| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ キイナ-不可能犯罪捜査官- 第1話感想

 しかし(意外と)長いタイトルだ。
 ご多分にもれず、私も新聞のTV欄で絶賛されているのを見て視聴した口(それまでは見るかどうか半々)。

 (録画で2回)見ての感想は、(まだ)キャラクターは(俳優と)しっくり来ていないところもあるが(:菅野、小池、平岡、沢村)、いいシーン(キイナ、捜査への思いを語る)、ユニークな着想(キイナの元彼)もあり、悪くない。

 なんだか全体の感じが<深海>というか<水の中のような重苦しさ、息苦しさ>を感じさせる作りに感じられたのは、(なにか)画面作りで参考にしたものがあって、そちらの影響(=色)が出てしまっているということだろうか(まあ、そんなにこだわる必要もないが、ちょっと気になったので)。

 最後、平岡のネクタイが黄色(金色)になっていたのは、キイナを認めたという演出なのかどうか。

 平岡はまだ、場面での演技の方向性に迷っているようなよくわからない演技が数ヶ所あったが、意識して直すよりも、ドラマの進行とともに(役に)(/役が?)なじんでいくのを待った方がいいかも。

 ところで平岡祐太を見ていて思ったのだが、場面によっては目が印象的。
 はしこい役とか、ひょっとしたらいけるかも。
posted by らぶらどーる at 15:31| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月26日

狐となるか犬となるかは自分で選ぶこと

 元は日本の古典的戦略書『闘戦経』にあったと思っていたのだが、インターネットで確認してみたところ、私の理解するところがかなり原典と異なっていた。なのでまず私の解釈をいい、最後に原典の現代語訳を引用しようと思う。

【私の解釈】
 狐とは<ずるいやり方>(策略)、犬とは<そうでないやり方>。
 どちらもやり方(戦い方)であって、そのどちらを選ぶかは自分が決めること。
 ずるく立ち回らなければかならず負けるというものでもないし(ずるくやろうとして失敗する者、成功できなかった者だって多々、居よう)(そうでなければ成功者の数はもっと多いはずだ)、ずるくやらなければ必ず成功するというものでもない(まあ、心にはいいと思う。でも後悔することもあるかもしれないし、ね)。
 いろんな<絵に描いたもち>に惑わされることなく、自分という1人の人間として、自らのとる道を定むべき。

【現代語訳】
http://maneuver.s16.xrea.com/jp/tosenkyo.html>現代語訳>第8章)
 中国の兵書には「兵は詭道なり」という謀略があり、日本の教えには、真の鋭気を説く。さて、詭道であるべきか、鋭気であるべきか。それは、狐で犬を捕らえるべきか、犬で狐を捕らえるべきかというようなものだ。

 (同HPに、引用の際にはURLの明記を、とあったので、それに従わせていただきました。HPでの公開に感謝します)。
posted by らぶらどーる at 17:54| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ 特命係長只野仁 第34話感想

 相変わらず見てるけど、なんというか、コメントに困るドラマだ。
 おもしろかった、のひとことで済んでしまうような気も(いい意味で)。

 だまされたことに気づかない女の髪を優しくなでてやるのが只野流の優しさか。
posted by らぶらどーる at 17:35| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ 銭ゲバ 第2話感想

 前回に比べてなんだか薄味、と思ったら、どうやら原作にないオリジナル展開がほとんどだったらしい(インターネット情報。なお、原作は未読)。
 よく出来ているが何かが欠けている、ととることもできるし、薄味ではあるが矛盾なく(?)よくつないだ、ととることもできる(原作者本人以外が、本来の味を出すことは難しいので)。
 薄味というのは、初回とくらべると、マイルドになり、クセのある濃厚さが薄れ、全体にやや平板になったと感じたので。
 しかしドラマ版『銭ゲバ』の世界は維持されていると思うので、今後にも期待。
 (今回、ラスト30分がさらっと見れたのが、良いのか悪いのか)。
posted by らぶらどーる at 15:20| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月25日

文字報道に望む

 少し前の新聞で、昨年あったイージス艦と漁船の衝突事故の裁決が出たことを知った。
 で、その記事中にあったのだが、裁決後の記者会見で、海自側は最初は殊勝な態度を見せていたものの、テレビカメラによる撮影が終了し、記者による録音も禁止したあとは態度が一変し、非常に不服な様子を見せていたという。
 禁止したあとだから、当然テレビの映像にも録音にも残っていないはずだが、マスコミの報道を意識して、このような裏表のあるやり方をするところがこれから増えてくることが予想される。
 そのような場合の報道のよりどころとなるのは、やはり、文字による報道ではないか。
 映像にも録音にも残らない(意図的に残されない)部分を、しっかりと読者に国民に全世界に訴えかけ、伝え続けてほしいと思う。
posted by らぶらどーる at 16:18| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする