2008年07月31日

日記開始から一年……

 ふと気がつくと、2週間以上前に、この日記の開始1周年が経過していた……。

 ま、よくわかんない日記ですが、今後ともよろしくお願いします(ペコリ)。
posted by らぶらどーる at 01:30| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『八神純子ベストコレクション』を聞いてみる

 特にファンではないが、あの独特の声を久しぶりに聞きたくなって、CD『八神純子ベストコレクション』を借りてみる。
 聞いてみると、やはり声の美しさはすばらしい。また、収録されているなかでは『パープルタウン』が個人的には出色の出来。
 のびやかな美声は、聞いていて心が落ち着く。
posted by らぶらどーる at 01:19| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月30日

ドラマ 学校じゃ教えられない! 第3話感想

 当初の浮いた躁状態が減ってきて、楽しめる話になってきた感じ。
 明るいノリはそのままなのだが、変に『毎度お騒がせします』を意識したようなシーンが減って、このドラマ独自の輝きが見えてきたといったらいいか。
 といいつつも、なぜ入れたのかよく分からない<電車内の悪夢>シーンとかあるのだが、まあ、そこはおいといて。
 ドラマもけっこう、ちゃんとしている。役者たちはつたない面が見られるが、あまりそこを指摘しようとは思わない。うまいに越したことはないが、それもコミでこのドラマの青春系なさわやかっぽさが出ていると思うからだ。
 そんななかでも、まずシーンのトーンを整えるために、演技の安定した仲里依紗(なか・りいさ)の喋りから入ったりと、細かな工夫が見られる(思い込みか?)。
 と思いきや、次回への引きと次回予告では――そこに斬り込むのか!?
 というわけで、次回も楽しみなのであった。
posted by らぶらどーる at 23:04| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サッカー 男子五輪代表日本対アルゼンチン

 しかし、アルゼンチンの得点者、ものすごいターンだった。
 試合というより天候も大荒れで、それはそれで変に見所だったのはおいといて。

 引いて守ることを選択した場合、その目標は僅差で勝ち切ることではない。
 最優先目標は相手を零封することであり、それが満たされなければ完全な失敗である。
 スコアは0−1でも、0−20と一緒である。
 今日(もう昨日だけど)の試合は、善戦ではなく、失敗である。

 相手が強かった。そういう向きもあろう。
 しかし、相手が強ければ、負けてメダルに届かなくても、あきらめがつくのか? もしそう思っているのなら、そんな奴に勝利の女神が魅力を感じるわけもない。
 日本が金メダルを取るまでには必ずどこかでアルゼンチンと当たる。そう覚悟しなければならない。そしてそのとき、最低でもPK戦までは持ち込まなくてはならない。メダルをねらうとは、そういうことである。

 あと、バーに弾かれた日本のミドルシュートについて。
 きわどいシュートには2種類ある。
 きわどく見えて実際にはギリギリ外れて点にならないものと、外れそうに見えてギリギリ入るものである。
 後者は点になるが、前者は点にならない。
 今日の(もう昨日か)日本のあのミドルシュートは、惜しい! で終わってしまうものであって、今度は入るかも、というようなものではない。
posted by らぶらどーる at 00:41| 広島 | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月29日

絶対勝てる相手とばかりやるマイナス 補足

 ボールスピードについての補足。

 速さで相手を自滅させるというのは、ただボールスピードを上げるだけでは駄目で、相手がその速さに対して反応せざるを得ない、そして反応しそこなえば失点する、というシチュエーションで使って初めて効果がある。
 なので、たまにサッカーの(男子)日本代表がやる、相手の網にかからないところでの速いパス回しなんて、全然、効果がない。相手は反応する必要がないからである。
posted by らぶらどーる at 00:52| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

絶対勝てる相手とばかりやるマイナス

 絶対勝てる相手とばかりやっていると、安定性は上がるのだが、マイナスもある。

 まず、絶対勝てる=自分よりレベルが低い、ということなのだから、相手から学べるものがない。なので、いつまで経っても、自分のレベルは上がらない。そのうち、レベルが上の相手と当たって、やられてしまったりする。

 また、安定性(や完成度)が上がるといっても、それは自分より弱い相手専用である。ところが、勝ちの数が多い分だけ錯覚して、俺は実は強いのだ、などと思い出す。そのような安定性や完成度は、上の相手と当たると吹っ飛んでしまう。
 何年か前、テニスの雑誌で読んだ外国(スペインだったか?)のコーチの日本のジュニア評だったが、こんなのがあったと思う。
 「日本の選手のテクニックはすばらしく、なんでもできる。だが、ちょっとボールのスピードを速くされたら、何もできなくなってしまうだろう(うろ覚え)」
 テクニックの高さも安定性も完成度も、ゆるいボールスピード限定ということ(今はどうなのか、知らない)。なのでそういった相手に勝つにはテクニックで勝る必要などなく、相手が想定して練習しているよりも速いスピードでの打ち合いに持ち込めば、ついて来れなくなって、相手は自滅する。

 また、絶対勝てる=安全勝ち、ということなので、しのぎ合いに弱くなる。それは戦いにおいても、精神面においてもそうである。

 なんてことを、ふと思ったのであった。
posted by らぶらどーる at 00:46| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月28日

『内藤大助物語』のボクシングシーンが良かった

 ドラマ『内藤大助物語 いじめられっ子のチャンピオンベルト』の新人王戦の場面をたまたま見る。
 ドラマでのボクシングの試合のシーンとしては、かなり良かったのではないだろうか。
 主演の伊藤淳史のボクシングもけっこう様になっているし、内藤選手の特徴もよく再現されている(まあ、特徴的だから再現しやすいというのは差し引くとしても、だ)。
 また、パンチが当たる(当たったことになっている)タイミングもいいし、撮り方もいい。
 さらには、試合が行なわれているリング上の熱気のようなものも、それなりに伝わってくる(ドラマのボクシングシーンでよくある、いかにもカットごとに分けて(カット間に時間を空けて)撮りましたというような、閑散としたというか、熱気のない感じがない)。
 ドラマのボクシングシーンといえば今年では『1ポンドの福音』や『乙女のパンチ』があったが、それらよりもずっと良かったように思う。

 話の方は、ボクシングシーンの出来に引きずられてそのまま最後まで見たのだが、最後の、元いじめっ子との再会シーンが、なんだか実在の人物に遠慮して相手の顔ばかり立てているように思えて、今一というか、なんというか。強くなった内藤に仕返しされるかも、という怯えというか、ビビリみたいなものが表現できればよかったのだが、まあTVの世界には色々と制約があるのだろう。でも、その分、出来が落ちたことは確かだとは思うが。

 まあ、あのボクシングシーンの分だけでも、見る価値はあったかな(といっても実際に見たのは最後の方のちょっとだけだけど)。
posted by らぶらどーる at 23:45| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍 キテレツ古本漂流記

 (北原尚彦・著 青弓社・刊)

 古本屋巡りが趣味という古本愛好家、北原尚彦が、古本市等で発掘した<ヘンテコリンな本>を紹介したもの。
 古本といっても1980年代の本とかもあるから、古書というわけではない。
 歴史的価値というよりは、思わず「おいおい」と突っ込みを入れたくなるような本を集めたもの。
 本のジャンルも、アメコミから戦前の宝塚の脚本集まで多岐にわたる。
 キテレツといっても何をイメージするかは人それぞれだと思うのだが、この本の場合には、著者の人柄もあってか、過激な感じはない。
 趣味の範疇で出会った変り種を紹介しているといった感じ。
 自分の知っている幅を広げたい人にはいいのでは?
posted by らぶらどーる at 18:25| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ Tomorrow 第4話感想

 救えない命もある(それも必然ではなく、accidental(アクシデント的)に)、という新展開があった回。
 役者たちはいい演技をしているのに若干の違和感が残ってしまうのは、話のところどころに旧トレンディー・ドラマ系の(あるいは昨今の泣かせ映画系の)<安易さ>を感じてしまうからなのだろう。
 うすい内容の、泣ければそれでいいとかいう作品だったりすれば、<その軽さ>で十分なのだけれど、ちゃんとした内容の話の場合には、その<安易さ>がうすっぺらく見えて不似合い。素材の材質がところどころ合っていない。量産品が混入している。
 と言いつつも、なんだか見続けているのであった。
posted by らぶらどーる at 16:46| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ 篤姫 第30話感想

 人は去り、そして流血の時が迫る……といった感じの内容。

 どうも最近の『篤姫』、つくりはちゃんとしているように見えるのだが、初期のころに感じた冒険心というかチャレンジャー精神をあまり感じない。
 (篤姫本人の話ではなく、ドラマの話である)。
 ちゃんとしているように見えて胸に迫ってこないというのは、フォーマットをなぞっているだけの場合によく見受けられることだと思うのだが、この場合にはどうなのだろうか。
 今の『篤姫』は、何に挑戦しようとしているのだろう……? 本当に何かに挑戦しようとしているのだろうか?
 もちろん、ちゃんとしたつくりは喜ぶべきことだが、ちゃんとしたつくりをまねただけの代物なら、あまり意味はない。
 最近は『篤姫』視聴中に、あまり画面を凝視することもなくなった私なのであった。
posted by らぶらどーる at 16:38| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする