2008年04月30日

サッカー 大事なのはやり方ではなくて勝ち方?

 まあ、タイトルの通りなのだが、戦術やシステムは<やり方>であって、勝っていくために必要なのは<勝ち方>ではないのか、と。
 試合の流れや展開によって、うちはこういう風にやって勝ちへと結び付けていくんだ、みたいなのがあるかないか、そしてまた、その信頼性が高いか低いか、それが強豪国とそうでない国との違いのようにも思えるのである。
posted by らぶらどーる at 15:02| 広島 | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 もう終わりだと思っても、
 なぜだか、まだ、生きている。

 先があるから生きるというものでもない。
 だって、先があるから生まれてきたわけではないでしょう。
posted by らぶらどーる at 14:34| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

命を奪い去りしもの

 刺激にしか反応しない人間を作ることは、
 感動や感情を奪うことだ。

 生の実感を味わえないハートは、
 他者も同じだと思い込む。

 そして生命(いのち)なきものを刈るがごとく、
 人の命を奪っていくのだ。
posted by らぶらどーる at 13:34| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月29日

創作 伝記羊

 この現実とはちがう空間に、無数の羊たちがいる。
 羊たちは、もぐもぐと食べる。毎日、食べる。ある個人の人生を。その人間の日々の営みの全てを、ただもぐもぐと食べ続ける。
 食べていた個人が死ぬと、羊飼いが現れて、その羊を連れて行く。連れて行かれた先で羊は毛を刈られ、裸同然になる。
 羊はまたもとの場所に戻され、もぐもぐと新しく生まれた生命の人生を食べ始める。もし、ちょうどいい誕生がなければ、しばらくその場で眠っている。
 刈られた毛は別のところへと運ばれ、そこで編まれ、セーターになる。そして人ひとりの人生が織り込まれたそのセーターは、そこにいるものたちの、お気に入りの衣服となって一生を終える。
 人は死に、タペストリーがごときセーターとなって、そこにいるなにものかを彩る。そしてセーターがくたびれ果てると一ヶ所に集められ、保管される。
 いつかまた誰かが、その個人の人生を見たいと思うかもしれないから。
posted by らぶらどーる at 21:24| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不思議な感覚

 木々の緑がやけに鮮やかに目に入るなあと思いつつ、信号待ちをしていたときのこと。
 街路樹の一本がなんだか妙にくっきりと見えて、違う空間に入ったごとき印象を覚えた。交通量の多い国道沿いなのに、森のなかで渓流のほとりに生えている木を見つめているかのような感覚。静かで、ざらつきがなくて、距離が近いような遠いような、人間対風景というよりも、同じエネルギーの流れの中にふっと私が入り込んだような(えー、別に神秘系の話にしたいわけじゃありません。でも、そういう感じだったので……)。
 後ろから自転車が来たのでその瞬間は過ぎ去ってしまったが、なんだか不思議な一瞬であった。
 一瞬なのに永遠、みたいな。
posted by らぶらどーる at 20:12| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

静かな時間

 騒がしさを好むか静けさを好むかは人それぞれで、私は静けさを好むタイプ。
 この文章を書いている今現在、なんだかとっても静かでいい感じの時間が過ごせている。
 言ってみれば無風地帯に紛れ込んだような感じ。単に音がなければいいというものではない。
 たぶん、こういった静かな時間を過ごしているうちに、私の意識しないところで勝手にいろんなエネルギーが自然とチャージされていったり、傷んでいるところが補修されていたりするのだろうと思うのだけれど。
 静かだけれども停止ではなく、何もないわけでもない。そういった時間は貴重なものなのだろうな、と思う。
posted by らぶらどーる at 03:57| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月28日

特撮 Perfumeに〈ジャン語〉の理想形を見る

 TV『獣拳戦隊ゲキレンジャー』で主役の漢堂ジャンが「ワキワキ」だの「ゾワゾワ」だのといった独特の〈ジャン語〉を多用していて、正直、分かりにくいだけであまり効果を挙げていなかったと思うのだが、TV『音楽戦士(ミュージック・ファイター)』でトークゲストのPerfumeの喋りを聞いていて、<ああ、こういうのだったらよかったのに>、と思った。

 たとえば、売れてきて大学との掛け持ちで大変、という表現で、
 「もう、ヒーヒーのフーフーですよ」
 あるいはノリノリの曲が詰まった新アルバムについて、
 「こっちはイェイイェイのウォウウォウです」
 とか。

 聞いていてなんのことだかハッキリと分かるし、ニュアンスも伝わって、しかもウケる。

 こういうのだったらよかったのになあ、と思ったのであった。
posted by らぶらどーる at 18:04| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ふりをする

 自分が受け入れてもらえる、となれば、喜びになるが、ありのままの自分では受け入れてもらえない、となれば、陰(いん)に沈潜(潜行?)して、不幸を招ぶ(よぶ)(こういう読みはないが、雰囲気を表わすため、意図的な誤読)。
 (ふりをすることは自身の存在を傷つけ、薬物、自傷等へと向かう。或いは、突発的暴力)。

 でも、ふりをしない=我を張る、ではない。
 ふりをしない道ではなく、我を通す道を選ぶと、様々なトラブルを引き起こす(世間や人との折り合いがうまくいかず、周囲を傷つけ、結果的に自分自身をも損ねる)。

 ふりをせず、ありのままの自分としてゆずったり、意見したりするという自然(ナチュラル)な行動(または生き方、対し方)(接し方?)ができるようになる(許される)ことが重要(?)。

 (かといって別に、会う人すべてにありのままの自分を見せる必要もないが)。
posted by らぶらどーる at 17:57| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ 篤姫 第17話感想

 今回は完璧に〈尚五郎江戸一部始終〉。
 地震の描き方がなんだか真に迫っていて驚いた。この地震は次回以降の話にからんで来るのやら来ないのやら。
 しかし、〈女の道は一本道〉な篤姫に対し、尚五郎は見事なまでに行ったり来たりしているなあ。
 コンスタントな回なれど、他に特記すべきことは無し(特に悪いところも無し)。
posted by らぶらどーる at 17:46| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月27日

暑い……

 今日の昼、制服姿の女子中学生を見かけたのだが、もう半袖を着ていた。いくらなんでも早すぎだろ! と思いつつも、確かにまあ、暑いわなあ……。
 まあ、陽射しが強い分、木々の緑も映えるわけだが。
 なんだか、木の緑が綺麗なんだよねえ、最近。鎮守の森なんかに目がいっちゃったりして。
 陽射しだけではなく、春ということで、木々の葉っぱから生気が満ち溢れているのかなあ、なんて思ってみたりするのであった。
 生命力の発露、って奴か?
 で、つらつら考えてみるに、花見というのは、単に場所をとるとか酒を飲むとか花を見るとかいうことではなくて、咲いた花と浮かれたこちらとの交歓みたいなところがあるのかなあ、と。花から発せられる春の息吹とこちらとが触れ合って、そこに喜びが生まれる、と。ふとそんなことを思ったのであった。
posted by らぶらどーる at 19:42| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする