2008年03月31日

『水平線をめざせ!』が今の時代なら?

 一個下に感想を書いた漫画『水平線をめざせ!』だが、もし舞台が今の時代であったなら、またちがう展開があったのではないか。
 インディーズとか地方発信とかネット配信とかもあることだし、楽曲のみを提供して、ライブは地元を中心に行なうのみ、みたいな形式もありえたのではと思う。それならまた、二人のデビュー後の展開も変わってきたのではないか。
 (もっとも、フォークが流行ったあの時代の空気感あってのものだから、現代を舞台に、というのは難しいか)。
posted by らぶらどーる at 14:12| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍/漫画 水平線をめざせ!(全4巻)

 (高橋亮子・著 小学館・刊)

 ぜんそくになり、転地療養することになった七海。そこで転校先の高校の先輩でもある一美と出会ったことから、二人でフォークソングを歌うようになり――な話。明確なストーリーラインがあるというよりは、各人のその時々の思いを中心に綴った内容。

 主人公のデュオについて思い出すのは、『小説道場』での、とある投稿者に対する中島梓の言葉。以下、大意。

 もし(この人が)プロになろうとするなら全力で反対する。アマチュアとしてこつこつと作品を書き、小部数の短編集をひっそりと自費出版して、同好の士の間で『伝説』と称えられるのが正しいありかた。(かなりうろ覚えですが)

 要するに、いい作品を書くのとプロデビューとはちがうという話で、プロにはプロむきの性格の人間しか成ってはいけない(不幸になるだけ)ということでもある。で、主人公たちに関しても、まったく同じことを思ってしまうのだ。
 どちらかというと、ずっと高校のフォークソング部の話でも良かったような気もするのだが、それでは商業的に難しかったのだろうか?
 でもプロという方向へ話が行ったって、元々その欲求がないわけだから、プロになれてもプロとして活動しても、幸せも感じなければ、活力も得られない。そうすると、行き詰まるしかなくなると思うのだが。それに、話の中核は、そんなところにはないし。
 あと、人生の暗い面と高橋亮子さんの相性があまり良くないような気がした。そういう要素を取り入れて作品が活きる人と活きない人がいて、この作品を読むかぎりでは、高橋さんは後者な気がする。
 というわけで、全体としてはうまく行っているとは言いがたいように感じるのだが、ただ、主人公二人の関係性だとかそういうところが気に入った人にとっては、いい作品といえるのではないか。
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2008年03月30日

TV とことん! 石ノ森章太郎 最終夜

 最終夜は『仮面ライダー』シリーズ。録画はせず、ところどころ見た。

 『ストロンガー』の最終回を見て、ダグラムってこのくらいの大きさかなあ、と思ったり、中へ瞬間移動するところで、どうやるかくらい考えてから設定を通そうよ、とか思ったりしたけれど、まあ、瑣末なことだ。
 あと、ブラックサンよりダークサンの方が、ネーミングとしていいんじゃないかと思ったりしたけれど。ま、『仮面ライダーBLACK』なんだからしょうがないか。
 その『BLACK』に出演している女の子たちの髪型などを見て、時代の移り変わりを感じてみたり。
 まあ、そんなところ。
 魂がないものについて、どうこう言っても仕方がないし。

 7日間通して言うと、石ノ森氏自身についてのドキュメンタリーの部分が印象に残った。なので、私にとってのヒットは第4夜。
 <丸ごとソフト>に関して言うと、<いろんな人(ファン、当時の視聴者)の思い(や思い出)をのせているもの>や<資料的価値のあるもの>にしぼってもよいのではないか。石ノ森作品が近年もアニメ化されてるんですよ、というそれだけでは、ちと放送する意義が薄いかなあ、と。もちろん、交渉する手間とかは認めるが、やはり放送自体が充実しているのがいちばんだと思うので(総放送時間が若干短めになったとしても)。
 しかし、こんなユニークな試みはNHK−BSでしかできないと思うので、今後にも期待。

 司会が宮内洋氏に、V3からズバットへの変化について、<遊び心>という言葉を使って話を振ったときに、宮内氏が「遊び心ですか……」と言って一瞬、間があったのは、あの変化は別にウケねらいでも余裕があったわけでもなく、立て続けにヒーロー番組をやるという過酷な状況の中で、なんとか少しでも前作と違ってしかもいいものを、と必死になって、知恵をしぼって、無我夢中になってやった、その結果が、ああいう形になったのだ、ということなのではないか。それを<遊び心>という言葉で表現されると、それはちと違う、と。ま、司会の人はいわゆるファン・視聴者と同じ目線で言っただけで、悪意は全然なかったと思うけどね。
posted by らぶらどーる at 04:45| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月29日

アニメ映画 幻想の魔術師カレル・ゼマン クラバート

 (カレル・ゼマン:監督)

 DVDにて視聴。

 カレル・ゼマンによるアニメ映画。ヨーロッパに残るクラバート伝説を題材に、絵本的なタッチで幻想世界を描き出す。

 主人公は自由と引き換えに貧しい放浪生活を選んだ少年。
 ある日、主人公は不思議な鳥から村はずれの水車小屋に来るように言われ……。

 以下、ネタバレありあり。
 絵本的なタッチが素晴らしい。ひとつの作品世界を作り出している。
 登場するものたちの目が特にいい(特に前半)。
 主人公は結局、悪い魔法使いの親方にだまし同然で弟子にされ、こき使われるわけだが、魅力的な少女と出会ったことから、彼のなかでなにかが動き始める。
 ラストには『千と千尋の神隠し』と同パターンの選択があるが、あちらは理由が明確でないのに対して、こちらではある意味とても明確である。古い話を元ネタにしているものの方が理由が明確だというのも、面白いところである。
 非常に充実した時間を過ごせた作品であった。
posted by らぶらどーる at 04:38| 広島 | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TV とことん! 石ノ森章太郎 第6夜(感想3)

 どうでもいいネタをひとつ。
 最初の映画、003の回想シーンで流れていたのはチャイコフスキー作曲の『白鳥の湖』だが、数ある録音のなかでもたぶん、フィストゥラーリ指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏によるものだと思う。

 今日の最終夜……平成ライダーあんまり好きじゃないし、アシスタントも個人的に微妙だし……見ないかも。
posted by らぶらどーる at 04:24| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TV とことん! 石ノ森章太郎 第6夜(感想2)

 天使編、神々編がまとまらなかった(出せなかった)理由としてご子息が、起承転結の転がすっぽり抜けているとおっしゃっていたが、そう聞くと長年月出なかったのも腑に落ちる。
 で、ひょっとしてひょっとしたらなのだが、当時はやりだった(と思う)円盤やらオーパーツがらみの話になろうとしていたみたいなのだが、引っ張ってきたそれらの中に、真実へとつながらないものがあった場合、真実のかけらだけでも表現したい話の中にそれをいくら組み入れて話を成立させようとしてもうまくいかない。ひょっとしてそういう影響があったのかもなあ、と思ったりもしたのだった。
posted by らぶらどーる at 01:08| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TV とことん! 石ノ森章太郎 第6夜

 第6夜は『サイボーグ009』。
 放送時間の変更で一部が翌日へと回され、総放送時間が短縮されたが、致命傷となることなく、まとまったいい回だったように思う。
 最初に放送された映画版で驚いたのは、適当なところでチャンネルを変えようと思っていたのだが、ついつい最後まで見てしまったこと。なかなかおもしろい。
 小説化されつつある幻の完結編について、島本和彦が落ち着いた見方をするようフォローを入れていたのが、ふだんの芸風とはちがうが、いい感じ。
 アシスタントの森下千里もけっこう自分なりの感覚できちんと受け答えしていて、なかなかよかったように思う。

 未完の2編に関していうと、やはりちょっと難しいかな、と。
 元来『009』は地上の話。武器商人とか出てくる、地上での地上の理屈による地上の生き物たちの話。
 宇宙人とか未来人とかが出てきても、地上の人間と同じ思考回路で動いていたり、あるいは同じようになっていく過程だったり。
 天上のものが出てきても、天上のものとして天上の論理・感性・行動様式で動くのではなく、地上の人間と同じ思考回路で動いているのでは、名前が変わっただけの、<新たなる地上物(ちじょうぶつ)>に他ならない。そうなると、コンセプトで意図したものにはおそらく、ならない。
 (自分たちのことを棚にあげて、出来が悪いから作り直すというのは、まさに地上の(しかも相当愚かな)人間の思考パターンである)。
 (予想よりはるかに出来が悪いというのは、予想した彼ら自身の不備でもあるわけだから)。
 あくまでエンターテインメント内における思考実験や新たなるコンセプトの提示程度に受け止めておくのが良いのではないかと現時点では思っている(なんか島本和彦のフォローとかぶるな)。

 それはさておき『コスモ・チャイルド編』で「敵を殺したら自分も死ぬ」といわれていたのは、戒めなどではなく、<(自分の)心が(あるいはその一部が)死ぬ>と考えればよいかなあ、と。で、心が死んだらもう命はあっても(肉体的な生命はあっても)、コスモ・チャイルドとしては死んでいるのと一緒だから、<死ぬ>といわれてきた、と。
 (『コスモ・チャイルド編』は読んでいないので、もし本編中に同種のことが登場していたり、ファンの間では有名な発想だったりしたらごめんなさい)。
posted by らぶらどーる at 01:00| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月28日

創作 それは自由(1)

 本のページをめくると思ったのに、めくらなかった。
 男は本を閉じ、本棚にもどして図書室を出て行った。
 本の中で僕はがっくりと肩を落とした。
 まただ。また読んでもらえなかった。
 一体、いつになったら読んでもらえるのだろう。
 僕が読者の前に出て行ける、そのページまで。

 僕の名はジニースカ。ある種の精霊だ。
 アラジンと魔法のランプ、なんてのがあったけど、魔法のランプが本になったものだと思ってもらえればいい。
 前の前の世紀、僕はとある大魔法使いに捕まって、今いる本の中に封じ込められたんだ。
 僕が自由になるには、誰かが僕の入っているこの本を、きちんと最初から僕が出てくるページまで読むこと。そしてその誰かの願いを一個、僕がかなえてやれること。そうすれば僕は、自由になれる。
 最初は簡単な話だと思っていた。見返りもないのに願いをかなえてやるのはしゃくだけど、それで自由になれたら安いもんだ。
 でも時間が経つにつれ、問題点が発覚してきた。
 僕が封じ込められているこの本、物語なのだけれど、とてつもなくつまらないのだ。
 どのくらいつまらないかといえばそれはもう、年をとった金持ちの親父の、若いころの自慢話よりもっとつまらない。脈絡がなくて退屈で凡庸で、読むところなんてひとつもないような、どうしようもない話なのだ。当然、読む人がいても、みんな途中でやめて出て行ってしまう。だから僕は足かけ2世紀もの間、この本の中に封じられっぱなしというわけだ。

 ひどいよなあ。
 僕は思った。
 こんなことなら、もっと別の条件にしといてもらえばよかった。
 そうすれば、こんな無駄な時間を過ごすことなんてなかったのに。

 そんなある日、僕が入っている本は別室へと持ち出され、機械の透明な面に押し付けられて、1ページずつめくられた。
 まわりの人間の会話によると、どうやら〈電子化〉とかいうものをされるらしい。全ページを機械に読み込んで、読み取りミスがないか確認して、機械の方の記録は残して、僕が入っているこの本は処分してしまうんだそうな。

 (一個下に続く)
posted by らぶらどーる at 05:42| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

創作 それは自由(2)

 (一個上からの続きです)

 ……ちょ、ちょっと待て。
 出れないまま処分されたら、僕は出て行きようがなくなって、一生このままだぞ。
 ていうか、本がなくなるんだから居場所がなくなって、最悪、消滅なんてことも……。
 それはやだ。
 精霊なんて永遠の生命を持ってるのに、それがこんな馬鹿なことで消滅だなんて絶対にいやだ。
 いやだあああああああーーーーっ!
 と叫んでも、本の中では誰にも聞こえるわけもなし。
 僕が入っている本は全ページ読み込まれて、あとは確認作業を残すのみとなってしまった。

 しかし僕の運は尽きてはいなかった。
 確認作業は、人間がやるのだ。しかも最初のページから最後のページまで。
 それはすなわち、最初から順番に全部読んでもらえるということ。
 僕はわくわくして確認作業が進むのを見守った。
 そしてついに、運命の瞬間が来た。

 願いは簡単だった。
 僕はちゃっちゃっとかなえて、自由になった。
 僕がかなえたその願い、なんだかストレスがたまっていそうな貧相な顔立ちのその女が頼んだ願いとは、〈一生遊んで暮らすこと〉だった。
 人間の願いなんて単純なもんだな。
 お金を出すのなんて、僕のできることの中では簡単な部類だ。
 もっともあの女、〈一生遊んで暮らすこと〉しかできなくなってしまったけれど。
 職に就くとか子供を育てるとか社会に貢献するとか、あの女は一生できなくなってしまったけれど、別にいいだろう。

 久々に自由になって、僕は世界を駆け巡った。
 久しぶりの世界は……なんだか殺伐としてるな。
 ま、いいや。
 どうせ人間のやることは、僕には関係がないし。

 心底のびのびとした僕は、人から離れたところで眠ることにした。
 本の中で精神的に疲れていたから、けっこう長くなるかもしれない。
 次に目が覚めたとき、人間はまだいるだろうか。
 それとも、もうとうに滅んでいるだろうか。
 まあ、
 僕はあくびをしながら思った。
 どっちでもいいや。
               <了>
posted by らぶらどーる at 05:40| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TV とことん! 石ノ森章太郎 第5夜

 第5夜は『佐武と市』『化粧師』『009−1』『スカルマン』。
 ここらへんになると、無理に映像化作品を流す必要もさほど感じないのだが(特に近年の作品は)、それではやはり間がもたないのだろうか?
 さいとうたかお氏と藤子不二雄(A)氏との対談は良かった。
posted by らぶらどーる at 04:40| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする