2008年02月29日

ドラマ 交渉人 最終回感想

 終わり方としてはギリギリ、アウトなのか当落線上なのか、微妙な感じ。
 やはりネックはTVドラマの予算の限界なのか、立てこもりシーンの包囲とかがんばって人数かけていたと思うのだけど、もしも出来ることならば、CGかなにかで吹雪を作って(本物を待つのがもちろん一番いいけど、そんなありえないこと要求しても、ねえ)、元はああいう天気だったけど城田が到着してから天候が急変して吹雪になって、それだから強行突入しても城田はつかまらずに逃げることができて、で、陣内孝則が追おうとするんだけど悪天候のため断念せざるを得なくなり、けれどその吹雪のなか米倉は必死に追っていって、そして吹雪がやんで城田を発見してあのシーンになる、とかした方がずっと説得力もありドラマチックにもなってよかったとは思うのだが、まあ、無理だろうなあ(私は現場の状況とか知らないから、本当のところはどうだったのかなんとも言えないけど)。
 で、そういうことをあきらめて考えた場合、まず、決着はハッキリした形でつけないと(匂わす程度じゃなくて)。あと、交渉班の各メンバーの見せ場が作れなさ過ぎ。
 ただ結局のところ、そういうのはまだ枝葉であって、要は作り手が、何がどうなったらこの話は決着がつくのかということを、きちんと把握し切れていなかったように思えるのだ。
 城田を救う話が本当のメインになるのであれば、父親殺しの一件はその前にケリをつけておかなくてはならない。あれはどうなったの? と思ったままでは、視聴者は救う話を十分に安心して味わうことができない。「あなたはもう終わりですよ」とかひとことあるだけでよかったのだが……。
 誰もが力を十全に発揮して、そして最後、何の邪魔も入らない(その場面の行く末のみに見る方が全神経を集中できる)状態にしてクライマックス(全体としての話のメインの決着・結論)がおとずれる。こうするのが(なるのが)この手の話の(終わり方の)理想だと思うのだが。
 しかしこのドラマ、どうやらオリジナル(=原作なし)らしいので、そういうことも考慮に入れると<がんばった>ともいえると思う。今回のドラマでの経験・ノウハウを生かして、より良いドラマ作りへと邁進(まいしん)していってほしいものだ。
posted by らぶらどーる at 15:38| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ 鹿男あをによし 第7話感想

 多部未華子の正体判明。
 というわけで第5話に続き、再び多部未華子を堪能(こればっかり)。
 一回オチを知ってからもう一度録画を見直すと、また別の見方ができる(ちゃんとオチで明らかになる事実を踏まえて心情を作って演技をしている)。
 話のほうはえらい回り道をしているような気がしないでもないが、まあこれがこのドラマのペースなのだろう。
 といいつつ、登場人物の未来について親身に考える気になれないのは、果たしてプラスなのかなんなのか……。
 地震がぁ! とか、一生鹿顔!? とか言われても、なんだか真剣に心配したり手に汗握ったりする気になれなくて……。
 どこか、人物も事件も、自分とは関係のない遠い世界の話のことのような気がして……絵空事の世界であっても彼らの運命や事件の行く末が気になって仕方がないという作品も世にはいくらもあると思うのだが、このドラマはそうはなっていない。
 どこか、見ている私の気持ちに近いものが欠けているような気がするといったら、言葉が多少、過ぎるだろうか。
 ま、別に私の気持ちに近くなくても何の問題もないのだが。
 ただ、『世にも奇妙な物語』シリーズよりも視聴者からの距離が遠い気がして、主人公の運命などが見ている者の心に迫るような、視聴者にとっての最大関心事になりえてないように思えて、そこがちょっと気になったのである。
 別にアメリカドラマ系のサスペンスな作りにしろなんていう気は毛頭ないが……(そうやったら逆に似合わないだろうし、ね)。
 となると……。
 人生の本質に遠いところの話をやっている、ということになるのかなあ?
posted by らぶらどーる at 15:19| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書籍 もとちゃんの痛い話

 (新井素子・著 角川文庫)

 SF作家にしてエッセイストの新井素子が、自身の病院体験記を綴った長編エッセイ。深刻な闘病記というよりは、痛いんだけどユーモア系な話になっている。
 ある日、乳房の一部がふくらみ、中から膿(うみ)が出てきてしまった、大の医者嫌いの素子さん。いやいやながら病院にいくが、この病気、正体がなかなか判明せず……(8割を占める第1章がこの話で、残りの第2章は虫歯の話)(以下、ネタバレあり)。

 まあ気軽に読める一冊。
 涙するような感動とかはないけれど、別な意味での感動がある。つまり、〈よくまあ、こんなに治療に向かない体質の人がいたもんだ〉という。
 この素子さん、麻酔は効きにくいわ、歯の根っこは変な形をしていて抜きにくいわという特異体質の持ち主で、それがため、普通の人だったらありえないような体験や出来事が次々と降りかかるのであった。病巣を撤去するにも、ほとんど歯の部分がなくなっている歯の根っこを引っこ抜くにも、普通の人の何倍も肉体的に〈痛い〉というわけで、タイトルの『〜痛い話』というのはここから来ているのである。
 すこし変わった体質の、すこし変わった人の病気治癒までの色々を、ユーモラスに読むことのできる一冊であった。
posted by らぶらどーる at 14:47| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月28日

映画 ネコのミヌース

 (フィンセント・バル:監督 カリス・ファン・ハウテン、テオ・マーセン:主演)

 DVDにて視聴。

 同題の児童文学を原作としたオランダ映画。
 ひょんなことから人間の姿になってしまったネコのミヌース。引っ込み思案で取材ができず、クビ寸前の新聞記者と出会い、特ダネを提供してあげたことから、二人の奇妙なパートナーシップが始まるのだが……といった話。

 えらく楽しい話で、オランダ本国で100万人を動員したというのもうなずける。
 ミヌース役のファン・ハウテンは、ジャケットのイメージよりもはるかに魅力的。ネコが抜け切っていない動作(シャーッ、と爪で一撃、とか)の切れも非常にいい。
 相手役のマーセンは日本の午後9時台のドラマではまず主演は無理だろうという顔なのだが、押しが弱いんだけどいい奴という役を好演している。その他の役者も押しなべて好演。二人の友達になる女の子(少女)もいい感じ。
 ストーリーも途中二人がブルーになるところとかは当然あるけれど、これ以上ないくらいのハッピーエンドで、楽しく見ることができる。
 ネコが多数登場して、私の目にはどこまでが本物かよく分からないのだが、まあ作り物が明らかに入っているようではあるが、厳密にこだわらなければ気にならない範囲だと思う。
 というわけでなかなか楽しい作品でした。好感を持てるお話を見たい方にぜひ。
posted by らぶらどーる at 18:39| 広島 | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月27日

映画 青空のゆくえ

 (長澤雅彦:監督 森田彩華・中山卓也:主演)

 DVDにて視聴。

 中3の最後の夏休み。バスケ部のキャプテン(中山卓也)がアメリカに転校することになり、彼自身と、彼の友人たちとの思いが動き始める……。といった話。

 複数の人間の思いの動きを淡々と静かに描いていく作品。華はないが雰囲気は悪くない。
 謎みたく、実はこれはこういうことでした、みたいなのもあるが、それが主眼というわけでもなさそうだ。
 ちなみに多部未華子も脇でけっこう出ている。
 ウケる要素は少ない気もするが、これはこれでよいのではないだろうか。
posted by らぶらどーる at 14:13| 広島 | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月26日

サッカー 枕を買いに/発想の転換

 枕がちょっともうダメみたいなので、新品を買いにいくことに。
 店頭でいろいろ見て、ちと迷う。結局は二択なのだが、〈低反発うんたら〉というのと、それより大き目の〈清潔枕〉とかいうのと。
 しばし悩んで、一呼吸置きにジュースを飲みに行く。で、もどって、また決めかねる。
 で、そこでふと頭に浮かんだのは、どっちがより良いかを考えるとフリーズしてしまうけれど、もともと確かなことは、どっちを選んだにせよ、新品を買って帰るということ自体がすでにプラスなのだと。
 いちばんのマイナスは、何も買わずに今夜も今の枕を使い続けることがいちばんのマイナスで、そう考えると、どっちを選ぶにせよ、新品を購入した時点ですでにプラス。
 もちろん、買ったあとで、どっちが良かったとかそういうのはあるだろうけど、その場合でも新品の枕で寝れること自体がプラスなのだから、結局、プラスの中でのマイナスの多い少ないでしかない。
 という発想に至ったので、その後は比較的さっさと決めて、買って帰ってきたのであった。

 で、そこから連想したのだが、これってサッカーのシュートも同じことなのかな、と。
 相手ゴール近くでチャンスが来たときに、どのプレーを選ぶか決めかねて、結果チャンスを逸してしまうようなことがあるけれど、相手ゴールに対してアクションを起こすこと自体がすでにプラスであると考えれば、決断も早くなって、チャンスを逃がすことも減るのかなあ、と。
 いちばんのマイナスはチャンスを逸して何もやらずじまいで終わることで、それにくらべれば、相手ゴールへとアクションを起こした時点ですでにプラスで、こっちに出せば良かった、こうシュートすれば良かったというのは、プラスの中の差に過ぎない。
 もちろん得点できなければ勝てないのだが、より良いやり方にこだわって何もできずマイナスで終わるよりは、ゴールめがけて何かするという〈大きな意味でのプラス〉をやることからはじめてもいいのではないかと思ったのだ。
 以上、昨夜の『HEY! HEY! HEY!』でのPerfumeの西脇綾香ばりのスピンオフであった。
posted by らぶらどーる at 15:36| 広島 | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月25日

創作/小説 〈神〉、語る

 あるとき、人の世にひとりの聖者がいた。
 その者は、他(ほか)の誰をもしのぐ高みまで到達し、しかるのち、死んだ。
 死したのち、その魂は、精神世界の遥かな高みまでのぼりつめ、そして、みずからを〈神〉と呼ぶものの下辺に触れるところまできて、止まった。
 魂は〈神〉に問いかけ、〈神〉は、こう答えた。

 「私はあるところからの逃亡者だ。
 そしてこの世界の持ち主でもある。

 私は以前いたところで、〈世界〉を育てていた。
 〈世界〉とは、この星のことではない。お前たちが思うこの宇宙全体、いや、時間も次元という枠組みもなにもかもを含めた、まさに〈世界〉そのものなのだ。
 〈世界〉は次々に生まれてくる。私はそれをあるところまで育てて、持ち主になりたいものに引き渡していたのだ。
 そうやって〈世界〉は〈神〉を持ち、その元で成長していくことになる。
 もちろん、それなりのものでなければ、持ち主になることは許されない。〈世界〉を持つに値すると、認められたものでなければ。
 私も認められていたのかって?
 いや、ちがう。
 実はこの〈世界〉は、私が盗んできたものなんだ。
 あまりに愛着があって、他人(ひと)の手に委ねる(ゆだねる)ことができなかった。
 この世界がゆがんでいるのは、そのためかもしれないな。
 しかし、正規に引き渡されたものとくらべても、そうひどい出来だとは思えないのだが。
 己(おのれ)に甘すぎる? そんなことはない。
 なぜなら、ほとんどの〈世界〉は、いつか終わってしまうものなのだから。
 これだけ続くのは、珍しいんだよ」

 魂はたずねた。そのほとんどの〈世界〉というのは、どのように〈終わる〉のかと。
 〈神〉は答えた。心が成長し、物質という容器を必要としなくなって、自分がいたところのものたちの、雛形になるのだと。
 魂はたずねた。この〈世界〉がゆがんで地獄のようになっているのは、〈世界〉の持ち主になる資格のなかったあなたに治められているからではないのかと。
 〈神〉は不機嫌になり、魂を消した。
 もうこれで何人目になるか、分からなかった。
 「誰もがわしに冷たい」
 〈神〉はそうつぶやき、地球を目を凝らして見つめ始めた。
 どこかに自分を褒め称えてくれる者が、居はしないかと。
          〈了〉
posted by らぶらどーる at 19:04| 広島 | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もうけもの

 郵便受けを見ると、近畿地方整備局から、ゆうメールが届いていた(ちなみにうちは広島)。
 私のリアクションは<ああ、あれか。でも、なんで?>。
 昨年の秋、近畿地方整備局が主催した<みちと近畿をテーマにした第6回ショートストーリーコンテスト>に応募したことがあって、その関連なのは間違いない。でも出来からいって到底受かるようなものではなく、入選発表の時期もたぶん過ぎているような……。
 封筒の厚みから考えるに、入選作をまとめた冊子でも送ってきたのかと思ったら、半分アタリで半分ハズレだった。
 入っていたのは、入選作をまとめた意外と立派な本と、鉛筆でも入っていそうな縦長の箱。
 箱を開けると中に入っていたのは鉛筆ではなく、ラインマーカーとシャープペンシルであった。
 本を確認したが、当然入選などしていない。
 ということは、書いて応募しただけでラインマーカーとシャーペンが手に入ったって事?
 いやあ、もうけものだわ。
posted by らぶらどーる at 16:45| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ 篤姫 第8話感想

 最初、御付きの者たちがクスクス笑っている場面でどうしようか迷ったのだが(=見るのをやめるかどうか)、終わってみればぎこちないところや演出過剰(演出ベタ?(下手、の方の))なところはあるけれど、メインの内容というか伝えたかったものについては、それなりにちゃんとしたいい話。
 要は、新しい立場とか段階(ステップ)とかいうものは、自分自身の中でなにか覚悟が決まるとか腹が据わるとかそういうことがないと、最初の一歩を本当の意味で踏み出すことはできない、と。それがおそらくはこの回の骨子であって、そのきっかけが文(ふみ)であろうがなかろうが、あるいは主人公の変わりようがいきなりであろうがなかろうが、それは重要度の順位からいえば、そんなに高くないものなのだ。
 とはいうものの、途中、斉彬の薩摩への道中がえらいゆったりしているなと違和感を覚えたり、最後の幾島の登場シーンでの雷はやっぱりちょっとばかりやりすぎだろうとか、そしてやっぱりいきなり訛り(なまり)が目立つのはどうかと思ったりとか(微妙だと分かりにくいから分かりやすさを優先したんだろうけど)、少なからず「うーん」と思ってしまうところはあるけれど、それは話のタイプとして先達が少ないことを考えれば、多少のあらはやむをえないことでもある。どんなものでも最初は作りが粗くて、大雑把に新しい方向性を示すだけで、のちにそのジャンルが充実してくるにつれて細かなところが整備されてきて、行き届いた出来になってくるものだ。
 よってひとつのアプローチとして、『篤姫』を注目し、それなりに評価している次第である、と(なんで時代劇調?)。
 とりあえず次回も視聴継続予定。
posted by らぶらどーる at 16:35| 広島 | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月24日

サッカー 日本対韓国

 東アジア選手権3戦目。
 立ち上がりの悪い日本はペースを握れないまま先制され、反撃も散発的。
 後半に入ってももうひとつの展開だったが、機転を利かしたショートコーナーから山瀬の素晴らしいミドルで同点。しかしその後も不安定なプレーを連発し、終盤でのFW投入も実を結ぶどころか効果をあげる事すらほとんどなく、勝たなければ優勝のなかった一戦を、1−1で引き分けた。

 あまり話すこともない試合なのだが。
 まあ中澤の守備は見応えがあった。
 中村(憲)は惜しいシュートが2本あったが、先は楽観できない。
 一生惜しいシュートしか蹴れずに終わる選手もいるのだから。
 遠藤は守備には行くが、守備で無理の利かない選手のようで、そうなると中盤の構成なりを考えなければならなくなる。

 日本の攻めは手順を踏むので相手に防がれやすい。
 1:つくる
 2:崩す
 3:シュート
 完全に手順を踏むので、相手からすると、1の時には〈つくり〉を妨害することだけ考えればいいし、2の時には崩されないことだけ考えればいい。そして崩したあとはたいていラストパスを配給したがるので、シュートのケアは薄くして(前半、内田がシュートに入るのが遅くなってクリアされたように、守備に行くのが少々遅れても大丈夫)、ラストパスのカットをメインに守備していれば、たいていの場合、なんとかなる。
 要は各段階においてフレキシビリティー(柔軟性)がないので、相手からすると、それぞれの場面でひとつことだけ考えていればいいのだ。

 まあ別にそれを変えるのが唯一の方法ではないと思うが、なんらかの形で成長なり変化なりしていかないと、先へ行った時、苦しくなる。
 それには自覚が肝心なのだが――分かっている選手とそうでない選手がいるような気もして――。まあ、難しいところだ。

 うーん……、といった試合であった。
posted by らぶらどーる at 18:09| 広島 | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする