2007年09月30日

こだわりのプラスとマイナス

 何かをやるとき、人はたいてい、その人なりのこだわりを持っている。
 こだわりを持っていて、うまくいく場合といかない場合がある。
 単純にいうと、こだわりと、やっているジャンルで大切なこととがかぶっている(重なっている)場合には、うまくいく。
 こだわりと、そのジャンルでの重要ポイントとが全然かぶらないときには、たいてい、うまくいかない。
 要は的外れということである。
 的を射ているかどうかは、もって生まれたセンスによる場合もあるし、よい指導者に恵まれる場合、そして単なる偶然などがある。
 的を外れている場合には、本人や指導者のあやまった思い込み、もともとの適性のなさ、たまたま最初の入り口がまちがっていた、などがあげられる。
 こだわりがプラスに出ると、<好きこそ物の上手なれ>となり、マイナスに出ると<下手の横好き>となる。
 ものの分かった人に指導してもらって直る場合、気づく場合もあるが、それでもどうにもならない場合も多い。
 おまけにレベルによって必要なことが異なるので話がややこしくなる。
 将棋を例にとると(これは『無為の力』の谷川浩司氏の受け売りだが)、アマチュアレベルでは、<筋がいい>というのがほめ言葉になる。<筋がいい>というのは、当然そうやるべきことがきちんと分かる、ということで、こういう人は、見ていて非常にきれいな、理にかなった見事な将棋をする場合が多い。
 ただし、プロレベルになると話は一変する。
 将棋は相手があるもので、プロレベルになれば、どれが筋のいい手かは、対戦している相手も知っている。だから当然、筋のいい手に対してはあらかじめ警戒がされていて、アマチュアレベルのときのように、きれいで理にかなった手を指して勝とうとしても、はじめから警戒して対抗措置を講じてあるので、なかなか戦局を有利に導くことができない。
 そこで必要とされるのは、<無筋>の手である。
 <無筋>とは、<そりゃあないだろ>な手であり、<筋のいい手>の正反対である。
 ただ、本当に<無筋>ではいけない。
 <無筋>に見えて、実は有効な手。これが指せる、見つけられるということが、プロレベルで勝つために重要なことなのだそうである。
 必要とされる本質への近さの形が、プロとアマではちがうのだ。
 形はちがうが、本質に近くなければ勝つことはできない。
 勝負の本質の、裏表である。
posted by らぶらどーる at 21:33| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

映画 青空娘

 (増村保造・監督 若尾文子・主演)

 DVDにて視聴。

 婚外子である主人公が高校卒業後、とある会社の社長をしている実父の家に引き取られるが意地悪な継母にいじめられてそれでも……な話。

 とりあえず、こういう決着のつけ方もあるのかと思った。当たり前といえば当たり前だが、昨今の作りの中では盲点(私がにぶいだけか?)。
 源氏鶏太の原作ということで、時代の産物だったのかなあとも思う。が、まあ、けっこういい感じ。ノリに順応できれば普通に楽しめる作品だと思う。大映製作ということで、のちの大映ドラマに通ずるところもあるし、ね。
 にしても予告編を見て思ったのだが、本編にないカットやら台詞やらを入れてるってどうなの?
posted by らぶらどーる at 04:11| 広島 | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月28日

書籍 SF奇書天外

 (北原尚彦・著 東京創元社・刊)

 1940年代後半から90年代までに日本で発行されたSF系の奇書を紹介したもの。『SFマガジン』連載の加筆・訂正版。

 人間の知恵にはいろんな形があるんだなあ、と感心する本。ひとによってはあきれるかもしれない(というか、あきれてしまうこと間違いなしなのだが)な、ぶっ飛んだ話とか、辻褄があってない話とか、よくわかんない話とか、などなどを、これでもか! とばかりに続けざまに紹介している。もちろん古書好きの著者の愛情込みなので、読んでいて不快な感じは受けない。奇書の執筆者の経歴も動機もさまざまで、一口に小説を書いている人といっても、人間実に多種多様なのだなあ、ということがよく分かる。
 良書といえよう。
 いろんな発想に触れたい人にもおすすめ、かな?

 結論としては、
 <人間のイマジネーションに果てはないがレベルはピンキリ>
 と。
 おあとがよろしいようで(ちゃんちゃん)。
posted by らぶらどーる at 20:03| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月27日

もっと喜ぼうよ

 またも広島カープがらみ。
 中国新聞を読むと、この1年で、入団2年目の麓(そよぎ)英心の長打力が上がったことが嘆かわしいのだそうな。1番バッターのレギュラー候補として打率・出塁率こそアップしてほしかったのに、そちらは上がらず、ホームランの数だけ増えた、と。来期の1番バッターが決まらない、嘆かわしい事態なのだと。
 非難ばかりしてもしょうがないのだが、なんと硬直していることか、と思う。選手は生きているんだから、出塁率が上がってほしいなんて思っても、その通りに育つとは限らない。あたりまえのことではないか。それも込みで野球、それも込みで育成である。長打力は確実にアップしているのだからまずはそれを素直に喜んで、評価して、打順のことはそれから考えればよい。
 なんというか、この選手はこう育ってくれなければ困る! という発想があるようだが、そんなのはナンセンス。1番バッターをまかせられると思っていたのに打率が上がらない――って、それはあなたに見る目がなかっただけのこと。自分の見損じを棚に上げて、こう育ってくれると思ったのにそうなっていない、どうしよう、なんて、自分勝手もいいところである。
 まずは素直に喜んで、伸びた選手の伸びたところをうまく使えるように考えていく。それが選手を生かす道なのだと私は思う。
 (そんなこと分かってるよ、なんていわれるかもしれないけどね)。

 とにかく今のカープは、年間通してレギュラーを張れる選手をひとりでも増やすのが先決。麓が6番でレギュラーを取れそうなら、それはそれでいいじゃない。やってれば打率だって上がるかもしれないしさ。

 にしてもふしぎなのは、カープが1、2番タイプの選手を自前で育成しようとこだわっていること。何年失敗してきたと思ってるんだ。もう自分らにはそのノウハウがないってこと、いいかげんに気づこうよ。こうやればこう育つはず、って、なってないじゃん。育成の仕方は完璧、悪いのは選手、じゃ、いつまで経っても同じことのくりかえしだよ。
posted by らぶらどーる at 19:19| 広島 | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月26日

書籍 サルに教える映画の話

 (井筒和幸・著 バジリコ株式会社・刊)

 映画監督の井筒和幸氏が内外の映画について、聞き手の<サル>くんとの対話形式で語ったもの。レンタルビデオ店配布のフリー・ペーパー「エンターテイメント・ゲイト ビデオ・DVD版」に連載されたものの加筆修正版。

 基本的には井筒氏が好きな映画、おすすめ映画について語っているのだが、そのついでに、そうでない映画についても語ってしまっているので、いわゆる日本でヒットチャートに載るような映画が好きなひとにはかなりカチンと来る内容かもしれない。要は『踊る大捜査線』とかが好きな人は読まない方が無難ということ。逆に、『踊る〜』とかが好きでない人、ピンと来ない人には、宝の山なのではないだろうか。
 井筒監督は考え方が非常にはっきりしていて、それだけに、自分の考えに合わないものへの許容度が低い。しかし彼なりの映画への愛情は本物なので(彼が<映画>と認めるものに限ってのことだが)一読の価値はあると思う。あくまで人を選ぶのだが。
posted by らぶらどーる at 19:17| 広島 | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画 コンチネンタル

 (マーク・サンドリッチ:監督 フレッド・アステア:主演)

 DVDにて視聴。

 フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのダンスシーンを堪能するための映画。
 とりあえず、凄いわ、二人とも。素人の私にも分かるのだから相当だ。
 平地でのステップはそうは驚きはしないが、高低差が入ると、もう。
 鉛直方向が軽いわ、アステアは。安定感もすばらしいし。それにきちんとついていけるロジャースも凄いと思う。
 ストーリー的には、っていうと、おバカなキャラで間を持たすというとんでもないわざを使っている。ので、ちときつい。公開当時の客席にいるわけじゃないからね。でもま、あくまで添え物なので。たぶん当時は、適度に笑えて、二人のダンスがメインディッシュと、そういう作品だったのだろう。
 ダンスを見るために見るのはあり。ストーリー・演技メインだと、苦しいかな。
posted by らぶらどーる at 01:28| 広島 | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月25日

映画 幸福のスイッチ

 (安田真奈・監督 上野樹里・主演)
 (タイトルは<しあわせの〜>と読みます)。

 DVDにて視聴。

 田舎の小さな電器店の3人姉妹の次女がイラストレーターめざして都会に出て、けんかして仕事やめて、ひょんなことから田舎にもどって電器店の手伝いをやるようになるが……なお話。
 映画として一流かといわれるとちょっと困るが、全体として非常にいい感じに仕上がっている。暗すぎず、ウソくさすぎず、適当にシリアスで若干コミカルで、バランスのいい作品。
 キャストは好演・熱演・名演というよりは、適役をあたえられてぴたっとはまっているという印象。役としての座りが非常にいい。
 幸せな気分でエンドロールを見た。機嫌がよくなった。
posted by らぶらどーる at 20:27| 広島 | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月24日

段階

 バッティングの段階というものを、素人ながらに考えてみる。

1:スイングを確立する段階
 量が必要。広島カープの以前の長時間スイングが有効。
 これを通過すると、1軍の試合で、集中度が低いボールを快打できるようになる。
 だが、この段階ではまだ、得点圏にランナーを背負ったときの、集中した相手投手の球を打つことはできない。

2:ゾーンに入る段階
 集中力が高まったことを、ゾーンに入る、などというが、そのための練習。座禅の類や、練習で打つ球数を減らして、1球あたりの集中力を高める練習が必要。
 ゾーンに入れるようになると、集中力の上がった投手と、勝負できるようになる。
 スイング自体が衰えた場合には、1へ逆戻り。

3:ゾーンに入った状態での向上を目指す段階
 ゾーンに入れるようになる=打てるようになる、ではない。あくまで勝負できるようになるだけ。
 なので、ゾーンに入った状態での技術レベルの向上を目指す必要がある。
 前田智徳のバッティング練習が参考になると思う。

 カープの選手はどうしても前田の打撃練習に影響を受けると思うが、自分と前田との現段階でのちがいをひとつ、見落としているように思う。
 前田はゾーンに入れる選手。だから、3の練習をメインにやっている。
 ほとんどのカープの選手は、まだ、ゾーンに入れない。だからまずは、ゾーンに入れるようになることが必要(2の練習をして、ゾーンに入れるようになる)。前田の練習をまねするのは、ゾーンに入れるようになってから。そうでないと、途中を抜かしているから、効果が出ない。

 ……当たってるのかな、これ?
posted by らぶらどーる at 19:43| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月23日

あきれたこと

 中国新聞朝刊のスポーツ欄には、カープ戦についての『球炎』というコラムがある。今日の分を読んで、大いにあきれてしまった。
 投手起用について疑義を唱える文章を書いたところ、監督本人から、それぞれの投手の対戦データを確認して書いているのか、と聞かれたという。
 問題はそのあとだ。
 聞かれたことには答えるのが筋である。
 確認していたのなら、確認したが、自分はこういう考えを持っている、と書けばいいし、確認していないのなら、素直に認めた上でおのれの意見の根拠を述べればよい。
 ところがこのコラムの筆者、どちらもしていない。
 そこはスルーしておいて、昨夜の試合での投手起用について、データに基づいてないではないか、と訴えている。
 この展開から見るに、この筆者、どうも、確認していなかったように思える。
 でもそれを認めるのが嫌なので書かずにスルーして、でも何も書かないままだと自分のおさまりがつかないのでとりあえず言い返してみたと、こんなところなのではないだろうか。
 情けない。
 私の感想は、この一語のみである。
posted by らぶらどーる at 17:11| 広島 | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おしまいのとき

 何も生み出さなくなれば、おしまいである。
 続けようがなくなるからだ。
 広島カープはこのところずっと、機動力野球ができるような選手をひとりも生み出していない(1軍レベル)。
 選手がいなければ、野球はできない。
 だから、カープの機動力野球は、もう、終わっている。

 終わりは新たな始まりだが、終わっていることに気づかなければ、いつまで経っても、夜明けは永遠に来ない。

 来るはずのない夜明けを待ち続けている人々。
 朝が来ないのは、あなたがまだ昼だと思い込んでいるからなのに。
posted by らぶらどーる at 16:46| 広島 | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする